EYE SHIELD 21/ANTHOLOGY

□V・A・C・A・T・I・O・N!!
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 島、というのは、
 比喩でもなんでもなくて、つまり、海に囲まれた陸地という意味の、本当の島のことなのだ――と、一面の青の中にぽっかり浮かんだ緑の島影を見ながら、ぼんやりセナは考えた。あの、高校の時の月刊アメフトのインタビュー。今までに買ったいちばん高いモノ、というやつでヒル魔が回答していた、『島』。まあ、なにしろ発言者がヒル魔妖一なので、島って言ったら島なんだろうなあ、とはセナも思っていたのだけれど、あれから3年という時を経た今、こうして実物を目の当たりにしてみると、
「うわあ、本当に島だ……」
 と、改めて驚くしかない。それも、ちっぽけな岩みたいなやつではなくて、ちゃんと木立の向こうに家のような建物が見えるし、桟橋らしきものもある。白い砂浜がふちをぐるりと巡っているらしく、2〜3周も走ったら練習前のランニングにちょうどいい距離になりそうなサイズの島だ。

 ヒル魔の運転するモーターボートは、軽快に波しぶきを立てて速度を上げていく。向かい風が凄くて、セナは顔をしかめながら、
「僕、江の島以外の島って初めてです!」
 と、風に負けないようにヒル魔に向かって叫んだ。なにしろ、本州を出た経験と言ったら、デスマーチ、ワールドカップ、ノートルダム留学の三度のアメリカ渡航だけである。
「安心しろ、俺も初めてだ」
「えっ!?」
 驚いて横顔をまじまじと見ると、視線だけちらりと寄越して悪魔は笑う。
「誰かを連れて来んのは、な」
 ――そんな些細なひとことが、どんなふうにセナの心を動かすのか、ヒル魔はきっと知らないだろう。いや、悪魔は悪魔なので、何でもお見通しなのかも知れないけれど。

 そもそも、ウィザーズもファイヤーズも夏合宿の真っ最中、そんな中で二人の休みが重なっただけでも奇跡に近いのに、ヒル魔の方から「海行くぞ」と誘われたものだから、なんというか、セナは、今年の分の運をすべて使い果たしたような気分になったものだ。でも、悪魔の誘いなんて断れるわけもない。ビーチフットボールの時以来、ひさしぶりに足を通す水泳パンツはさすがにすこしサイズがちいさかった。
 ボートを桟橋にもやい綱で結んで、熱い砂浜に降り立つと、否応なしに心臓が高鳴る。 
 夏の島。青い海。白い砂浜。眩しい太陽。
 たった一日だけだけれど、二人で旅行、なんて。
 なんだか出来過ぎていて怖いくらいだ。
 まずは海水浴だろうか、とTシャツを脱いだところで、
「アァ!? 糞チビ、テメー、んなふざけた格好で泳ぐつもりじゃねーだろーな?」
 早速ダメ出しが来た。
「え……駄目、ですか?」
 泳ぐには水泳パンツではないのだろうか?
「チッ」
 ヒル魔は舌打ちをすると、自分の来ていた長袖のパーカーを、セナに向かって投げて寄越した。自分は、その下には競泳選手なんかが着るような、七分袖のスイムスーツを着ている。
「直射日光なめてんじゃねーぞ。んな格好で泳いでみろ、日焼けで死ぬぞ」
「アッ、はっ、はい、すすすみません……!」
「服のままじゃ泳ぎにくいが、まあ、負荷がかかるってのは悪かねえ。ここは遠浅だから溺れ死にゃしねえから安心しやがれ」
「はい!」
 元気よく返事をしてから、ん? と、セナは首を傾げる。なんだか今、バカンスらしからぬ言葉が聞こえたような?
「取り敢えず、軽く流しで1キロな。きっちりストレッチしろよ」
「はい! ……って、えええええええ!? あの――僕、てっきり、旅行に誘ってもらったのかなーって思ってたんですけど……」
「旅行だろーが」
「でもなんだか……」
「練習しねえとは言ってねえ」
 当たり前のような顔で、率先してストレッチを始めるヒル魔を見ながら、セナは半ばがっかりしながら、でもどこか笑い出したいような気分になっていた。そうだ。これがヒル魔妖一だ。バカンスにぴったりな夏の海辺でトレーニングを始めてしまうような男だ。骨の髄までアメフトで出来ているのだ。
「ヒル魔さん、僕、1キロなんて泳いだことないんですけど……」
「泳げねえなら水中走っとけ。その方がキツいけどな」
「ひいいいい……あの、代わりに砂浜走るんじゃ駄目ですか?」
 水泳は、あまり得意な方ではない。だがヒル魔は、
「テメーみてえに普段使ってんのが速筋オンリーの奴はな、たまには遅筋も使っといた方が持久力が上がんだよ。水泳は心肺機能も高まるし、夏でも熱中症にならねえ、理に適ってるだろーが」
「???? はい????」
「――身長は伸びてもおつむはあいかわらずだなケケケ!」
 セナが首を傾げるのを見て、ゲラゲラ笑う。別々のチームになってから、こんなふうに理論だててベラベラとまくし立てられることなんてなかったから、久しぶりの感覚がくすぐったくて、セナも「あははは……」と頭を掻いて笑った。
「普段のメニューに加えろとまでは言わねえが、選択肢のひとつとしちゃ悪くねえ。テメーんとこにゃ元水泳日本一もいんだろーが」
「あっ、水町くん……!」
「そーゆーこった。使えるモンは何でも使え」
 言って、ストレッチを終えたヒル魔はざぶざぶと水に入って行く。あわててセナも後を追いながら、やっぱりこれは『旅行』なのだな、と思った。いきなり基礎トレに水泳とか言われても。たぶん、このあとも普通に筋トレとかあるんだろうけれども。それでもやっぱり『レジャー』で『バカンス』なのだ。だって、いつものヒル魔なら、デビルバッツのよしみだと言っても、敵に塩を送るような真似は絶対にしないからだ。だいたい、泳ぐだけだったら都内のプールでも十分なはずで、だからこれはやっぱり、二人の特別な時間をヒル魔が設けてくれた、ということなのだ。
 ああ、なんて。
 その事実は、セナの心臓の鼓動を弾ませる。

 苦手な水泳がいきなり得意になる訳もないのだけれど、水を蹴るセナの足は軽くて、空と海はきらめいて美しくて、なんだかヒル魔の背中を追いかけて、このままどこまででも泳いで行けるような気が、した。




【 E N D 】

 

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