EYE SHIELD 21/ANTHOLOGY

□Twilight room.
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 ジリジリと照り付ける、真夏の陽射し。

 午後一の最高気温は見たくない数値にまで跳ね上がっているらしい。

 陽炎の揺らぐ、舗装されたアスファルトの道を、瀬那は歩いていく。

 現在は、大学一年目の夏休み中。
 8月に入るのと同時に炎馬大アメフト部の夏合宿に参加し、終えてからも練習日には必ず参加する。
 大抵は、午前中は陸やモン太達と練習をこなしながら、先輩らと一緒に昼食を摂ったりするのだが、今日は午後から皆と別れ、実家へと向かっていた。
 両親が揃って遠方の親類の元へ出掛け留守にするというので、その間は瀬那が飼い猫の世話をしなくてはならなくなったためだ。
 予定している練習日はまだまだ残っているし、休む訳にもいかないので帰省はせず、自分の部屋へ連れてきた方が良いだろう、ということになった。
 幸い、アパートはペット厳禁ではないし、世話も仔猫の時からしているので、特に困ったこともない。
 ピットをケージ代わりの籠に入れ、再び家の戸締まりを確認してから、アパートへの帰路につく。

 その途中、大通りに沿って歩いていると、商店街の前を通ると盆踊りか、花火大会の為の催しなのか――赤い提灯が飾り付けられていて、設営準備中の屋台の骨組みがいくつか見えた。
 駅に到着し、電車を待っていると幼馴染みにして、今や最京大アメフト部の敏腕マネージャーをしている姉崎 まもりから声をかけられた。
 大学が違っても、実家は近所なので帰省すれば顔を合わせることもあるし、それなりに世間話のひとつやふたつはする。

「合宿から、さっき戻ってきたところなのよ」

 これ、炎馬大の皆と食べてね――などと話すまもりからおみやげのお菓子を受け取りつつ、ふと瀬那は気付いた。
 彼女がここに居るということは――最京大の合宿が終わったということは、蛭魔も戻って来ているのでは?
 未確認武装歩行物体もとい、要注意人物――
その名前は、蛭魔 妖一。 
 かつての泥門高校アメリカンフットボール部・デビルバッツの創始者メンバーにして、部長兼監督兼会計兼QB。
 その悪魔の司令塔は現在、今や魔術師に鞍替えして最京大学アメフト部に所属、ライスボウル制覇を目標にしている。
 同じくライスボウル制覇を目指す炎馬大のRBである瀬那にとっては、最強最悪の敵手だ。 
 最も、それはアメフトに関してというだけで、普段は泥門高校の卒業生――学年1つ違いの先輩後輩であり、恋人でもあった。
 所属する大学もチームも違う故に、瀬那と入れ違いに合宿へ行ってしまい、かれこれ2週間近く会っていない。
 直接会いに行きたくても、瀬那は蛭魔の自宅の場所を知らないし、向こうは瀬那の実家の住所は知っているだろうが、アパートの住所までは知らない。
 一応、携帯電話の履歴を確認してみても、蛭魔からの着信、メール受信などは一件もなかった。

(…………大丈夫、かなぁ?)

 便りがないのは元気な証拠――と言うが、彼の場合は元気な分無茶が過ぎるので、何の連絡もないと些か以上に、不安を掻き立てられるのだ。

 まもりと別れた後は電車で炎馬大学最寄りの駅に到着し、そこからは河川敷に沿って、徒歩でアパートへと向かう。
 駅前はいつもより、人通りが多かった。
 すれ違う人の中には、法被を着せられた子供や甚平姿の恰幅のいい男達、艶やかな浴衣を着こなした女性達がちらほらと見受けられた。
 河川敷には準備中の出店、流れる川縁には花火を打ち上げる為の艀があり、花火師達が最後の調整をしているらしい。

 その様子を見ていると、クラスメイトや部活の仲間に誘われて、花火大会に行ったことを思い出した。

(でも、蛭魔さんとは、1度も行ってないな)

 皆で一緒に行くことはあったが、二人きりで…………ということはなかった。
 泥門高校でアメフトを始めてから、基本的に夏場は合宿や練習試合があるため、別々に過ごすことが多く、会えたとしても僅かな時間だけ。
 それでも、アメリカへ留学していた半年間に比べれば、2週間など大した長さではないのに、近くにいるとわかると会いたくなってしまうのが人情なのだろう。
 ダメ元で誘ってみようかと彼へ連絡を取ろうとして携帯電話を取り出す――ついでにアパートの住所も告げておこう、とも思った。
 別に、会いたいと言っても、断りはないだろう――大学が始まれば講義もあるし、練習やら試合やらでまた忙しくなり、時間も取りづらくなるのだから。
 しかし、結局やめて、携帯電話を引っ込めた。
 何だか、…こちらばかりが会いたがっているような気がして、少しばかり面白くなかったからだ。
 籠の中から顔を覗かせたピットが、瀬那の心中を見透かしているのか、からかうようにニャアと鳴く。

 瀬那がアパート前の通りまで来ると、人だかりが出来ていた。
 皆アパートの住人である炎馬大の学生、近所を通りかかった人々、その人達に巡回中呼び止められたらしい警察官が何やら話し込んでいた。事件か――事故か、何かあったのだろうか。
 何となく入り辛くなり、様子を見ていると、瀬那の姿に気付いた男子が学生達が慌てて駆け寄ってきた。

「小早川! 今戻って来たのか?!」
「よかったー! 無事だったのね?」
「……どうか、したの?」

 そう瀬那が尋ねると、全員の雰囲気が重苦しいものに変わる。

「あのな、落ち着いて聞けよ。今、お前の部屋に………………知らない男が、居るみたいなんだ」

 瀬那の借りている部屋――その隣の部屋の住人が物音を聞き、下の階の住人達とアパート前を歩いていた通行人が扉をピッキングでこじ開け、堂々と中へ入って行くのを目撃したらしい。
 その部屋に居るであろう人物の特徴を詳細に聞くと。
 逆立てた金に近い茶髪で、尖った耳にピアスをしている。
 細身の痩躯で、真夏だというのに黒尽くめの服装。
 銃火器と思わしき怪しげな物体Xがはみ出た黒のバッグを所持。
 プロの鍵師も目を瞠るようなピッキングの腕前と度胸。
 出てきた情報を精査するまでもなく、脳内の審判がオーバーアクションでアウトを告げた。
 …………………………………蛭魔だ。
 まず――間違いなく、蛭魔が居る。
 どうして自分の部屋がわかったのか――甚だ疑問だが、まぁ相手は蛭魔なのだから方法はいくらでも思い付くだろう。
 具体的にどうやったのかまでは、この際問わないでおく(恐らく聞いても答えまい)。
 ここでの問題は、彼がそこまでして瀬那の部屋を訪ねてきた理由の方だ。
 ただ何となく恋人の部屋へ遊びに来たとは思えず、何らかの緊急性がある用向きと考えるが、それらしい心当たりは全くない。
 銃器(らしきもの)を持参している――ということから、もしかしなくても住所を教えていなかったから、とっちめにでも来たのだろうか。
 あるいは、連絡を取らなさ過ぎて怒ってらっしゃるのかもしれない(こうなるともう、土下座して平伏すしかない)。
 夏場の体調管理には充分気をつけていたはずなのに…………………目眩を覚えた。
 青ざめる瀬那の様子に周囲はますます不安に思ったらしく、銃器を所持しているのだから無理矢理部屋へ踏み込むのはやめて、男が出てくるまで隣で待てば良いのでは、と色々な提案してくれた。
 皆の心配は有り難かったが――結局、

「えーっと、…たぶん、その人は、僕の知り合いです」

 そう言うしか、なかった。
 重い足取りで、瀬那は自身の部屋に続く扉の前に立つ。
 ただならぬ瀬那の様子を気遣った警察官は、せめて部屋に入るまで付き添いましょうかと言ってくれたのだが、それは遠慮してもらった――被害を受けるのは自分だけでいい。

 アレコレ悩んでいても仕方がないので、意を決してドアを開けると――眼前へ拡がる光景に、瀬那は息を呑んだ。

 ワンルームの室内には、西日が射し込み、何もかもが赤く――紅く染め上げられている。
 ベランダに続く、掃き出し窓は大きく開け放たれていて、時折吹く温い風がカーテンを揺らし――そのすぐ側に佇む、何度も見て慣れている筈の、シルエット。

「遅かったな」

 窓の外を眺めていたらしい蛭魔が、肩越しに瀬那へ話しかけてきた。

「た、ただいま…です」

 思わず、見惚れてしまい、動揺していたら籠の中にいる飼い猫様が騒ぎ立て、瀬那は慌てつつも出してやる。

「何だ、今日はテメーも一緒か」

 ――などと、蛭魔は足許へ駆け寄ってきたピットを抱えあげ、子供をあやす様に黒い毛並みの頭から背中を長い指先で撫でる。

「どうしたんですか、急に」
「来たことねえなと思ってな。合宿も終わっただろうし、下手すっとまた何ヵ月か会えなくなっちまいそうだし」
 
 二人きりで話すのも随分と昔のことのようで、正面から向き合っているとおかしな気分になりそうだった。
 それを何とかやり過ごそうと、隣に並んで座り窓の外の景色を眺めるが、相手には見透かされているらしく――何を緊張してんだと金髪の男はからかってきた。

「…眺めは、悪くねえな」

 ポツリと蛭魔が呟き、瀬那の右肩へ頭を乗せてきたため、反射的に彼の背中へ右腕を回す。
 久しぶりに感じる重さと香り、夕陽の照り返しを受けてキラキラと反射する金色の髪が、彼の実存を何よりも雄弁に告げている。

「なら…よかったです」

 我ながら月並みだなと落胆しつつも、無理して変に取り繕うよりは、いつも通りに接した方が無難だろうと観念して、いつも通りに話を続けた。
 
「ごはん、食べに外行きますか? この近くで花火大会もありますし、ちょっとだけ見に行きませんか?」
「…ンー…。飯も花火もいいけど、流石に疲れたな」

 それに――と、蛭魔は途中で言葉を切ってしまい、続きが気になった瀬那が彼の顔を覗き込もうとすれば。
 互いの目が、かち合う。
 のみならず、その眼が近付いてくる。
 瀬那が何かを言う隙もなく、思ったより柔らかな感触が、唇を掠めた。

「間抜けな顔、してんな」

 悪戯が成功した子供の様にケケケと蛭魔は笑い、腕に抱えていた猫を床へと下ろす。
 からかわれ続けている瀬那は流石に悔しくなって、無造作に余裕ぶった相手の細い腰を引き寄せると、その白い首筋に噛みつく。



 夕暮れの室内にくすぐったがる蛭魔の笑声が上がるが、次第に――甘く掠れていった。




 
【 E N D 】

 

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