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□唇が触れ合うまで
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荒々しい煩い音楽


馬鹿みたいに躍り狂う男女の群れ



孤島のごとく椅子に腰かけ


いつものように足を組む
 



「いつもの頂戴」


 

バーテンダーが頷いて


慣れた手付きで差し出した


ラズベリーのシャンパン



いつもので通じるようになったそれに


こんなところに通いつめる自分が


馬鹿馬鹿しくなる



意味があるのかないのか


真っ赤に色どられた唇にグラスを傾けた


 



「キムヒムチャン」



囁くように呟いた


聞こえるはずはない



彼は今日も


たくさんの黄色い声に囲まれて


整った唇を片方歪ませて


濃いアイラインに縁取られた瞳で周りを見下して



触られるのも御構い無しに


音楽に身を任せる



 

触れたい


あんな群れに飛び込んでかするように触れるんじゃなく


肌で感じたい


彼を感じたい




遠い



遠い




 
今日も変わることのない

自分の穢れた欲求に

ぞくりと身体が震えた



 

はあっと溜め息を吐いて


更ける夜に退散しようと腰をあげる



クラッチバッグを手にとって

 



「きむさん、」



くるりと振り返る




「きむさんですよね?」


 

ありえない状況にひゅっと喉が鳴る


 

途絶えそうな息に


苦しい鼓動



目の前で微笑む男は間違いなく


あたしが焦がれてやまないキムヒムチャン

 


「あ、えっと」



待ち焦がれていたはずなのに


いざとなると口がぱくぱくと金魚のよう



どうしたらいいものかと周りを見渡すも


さっきまでいたバーテンダーの姿はない



汗ばむ手で丈の短いドレスを握る


 

そんな様子を愉快そうに見る彼の


愛想笑いなのか本心なのか図れない緩んだ口許


 


形の良い綺麗な唇


綺麗な肌


綺麗な鼻


綺麗な瞳



目の前にして衝動に駆られる



触れたい

触れたい

触れたい



無意識に伸ばしていた手に


彼の手が重ねられて


凹凸のない肌にあたしの手が触れた


 
ごくりと生唾を呑む


薄暗いクラブで確認するかのように


目許

口許


指を滑らせれば


くすぐったいと目尻に皺を寄せる

 



「なあ、」



手首を掴まれて


作り物のように美しい彼から手が離れる

 

「ひむ子、」



覗きこまれ


ぶつかった視線に痛いぐらい鼓動が跳ねた



 

「俺のこと好きだろ」


「っ、」



カウンターに腰かけさせられて


下からの視線に逃げ場はない



「なんで」

「好きだろ」


 


引き寄せられたあたしと


ずいっと覗きこむ彼の


 

 

唇が触れ合うまで
(あと何秒かしら)



 

唇が触れあう寸前、


彼の瞳が呑みかけのシャンパンを捉える


 

シャンパンの泡がぱちんと弾けて


理性の糸もぷつんと切れた



 



      -おわり-
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