物語

□懸想文【完】
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今日も懸想文が届く。



遊女宛に懸想文が届くのは、良くあることだ。


今日も何通か置屋に届いていた。


たまたま、番頭さんに声をかけられ、菖蒲さん宛ての懸想文を手渡すように言われ、

『あー、そうやった。みゆきはん宛ての懸想文もありましたえ。』

と、言って私宛ての、文を手渡される。



これが全ての始まりだった。



文には、流れるような綺麗な文字で…

“花のように美しく、初心の貴方を見る度、胸が踊ります…
咲き綻ぶ花が、誰かに手折られないか心配でたまりません…”

文には、そう書いてあり、差出人を確認しようと文のあちこちを見るも、名前は書かれていなかった。


それから毎日、文は届いた。


最初は、私なんかに書いてくれる事が有り難く感謝の気持ちがあったが…だんだんと手紙の内容がエスカレートしていくように思えた。

最後には必ず“貴方の事が心配でたまりません”と記されてあり、

少し気味悪く感じていた。


今日もまた、文が届く。

でも、今日の文の内容は、過激な物だった。

“貴方に触れていい男などいない”

たった一行。いつもの流れるような字ではなく殴り書きのよう書いてある。

どこかで…私のこと…見て…る…?

窓の外を見回す。

人通りは、あるものの誰かが見ている視線は感じなかった。
気のせいかもと思いながら、もう一度見渡しても、いつも通りの風景だった。

なんか…嫌だな…

貴方に触れていい男……って、さっき置屋の玄関先で、私の頭を撫でてくれた慶喜さんの事だよね……背筋がゾッとした。

開け放たれていた、部屋の窓を勢いよく閉めた。

『…はぁ…』

溜め息が出た。


その日から、毎日一通きていた文が数時間毎に来るようになっていった。

襖の向こうから声がかかる度に、怯える自分がいる。

夜、眠るのも恐くなり起きていることが多くなった。

締め切っていた部屋の中にいても、この頃は、誰かに見られている視線がある。

『きっと……気のせい…気のせいだよ…』

胸の前で両手を握りしめ、自己暗示をかけるように何度も呟く。


外は、いつの間にか雨が降っていた。


…どうしよう…こんな事、誰にも話せないよ…でも…これ以上は、自分自身耐えられない…

もし、明日また同じ様に文が届いたら秋斉さんに相談しよう…


私は、堅く心に誓った。


しとしと降る雨の中で、一人の男が、熱い眼差しで物陰から見ている事に私も置屋にいる者も…誰も気付かなかった。



それから、毎日のように来ていた手紙は、嘘のようにぱったりと来なくなった。

私は、イタズラだったんだと思って、手紙の主が書いてあった最後の内容を、すっかり忘れてしまっていた。



“貴方を迎えに行きます”


そして…
その日は、突然やってきた。

私は、番頭さんに頼まれて町までお遣いにきていた。

雨が上がり、草木が雨の雫でキラキラと輝いている。

頼まれていたお遣いも終わり置屋に帰ろうとした時、何者かに狭い路地に引きずり込まれた。

(な…何…!?)

一瞬、何が起こったか分からず、慌てふためいたが、次第に恐怖に変わっていく。

(…怖い…誰か…)

男の人の手で口をふさがれ、お腹に強い衝撃を感じたときには、意識は遠のいていた。

(…助けて…)

私は、何者かにさらわれた。





気付いた時には、辺りは暗く物音さえしない所だった。

後ろ手に両手を柱に縛り付けられ、両足も縛られていた。

何度、手を動かそうとこすりあわせたり、もがいてみても縄が肌に食い込むばかりで、痛みが伴う。

『…痛っ…』

涙が滲んできた。

『…誰か…助けて…』

自分の声が響く。

どれくらいたったのか、外から雨の音が聞こえてきた。

『…雨…降ってきたんだ…みんな、心配してるかな…』

雨の音にかき消され、誰かが入ってきたことに私は、気付かなかった。

その気配に気付いた時には、私は視界を奪われ目隠しされ、口付けされる。

口の中に何かが入ってくる。

……な……に……

混乱する頭で考えようと…思う度に、何度も何度も、繰り返される口付け越しに入ってくる液体が、だんだんと思考を麻痺させていく。


『…これ…は…な…に…』



『……貴方を…迎えに…来ました…』



その瞬間、凍りついた。




つづく
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