短編


□情
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初土方さんです!土方さんのイメージを壊していたら、すみません(*_*;

“わて、土方はんのことが好きなんどす…”

屯所の門をくぐった所で、聞こえてきた女性の声。

…今…土方さんを…好きって言ってたよね…

自然と眉間に皺を寄せていた。

今日は、久しぶりの休みだったのに、気分は沈んでいく。

その声は中庭から聞こえ、威勢のいい稽古の声にかき消されそうだったが、確かに“土方さんが好き”だとはっきりと耳に届いた。

建物の陰から中庭の様子を伺うように覗くと、女の人の後ろ姿が見え、抱きつかれつているのが土方さんだと分かり、嫌な汗が流れる。

土方さんが、彼女の背中に腕をまわしている。

…何で…

…どうして…

胸が締め付けられように痛む。
嫌な感情が湧き上がってくる。

端から見ると二人の姿は、仲むつまじく見え、まるで、似合いの夫婦のようだ。

だがよく見ると、その女の人の着ている着物に見覚えがあった。

…あれって…お松ちゃん…?…

朝、置屋で一緒に掃き掃除した彼女の姿が思い出された。
そういえば、気になることを言っていた。

…あかねはん…わて…好きな人ができたんどす…
…振り向いてくれへんかもしれへんけど、そのお人がほんに好きなんよ…

可愛らしい彼女が、頬を赤く染めて話す姿は、可愛らしく見えて、つい彼女の手を取り“私、応援する”なんてことを言った気がする。

今更ながら、朝、言った言葉が自分自身の首を絞めることになるなんて思いもしなかった。

…お松ちゃん…土方さんが…好きなの…?…

…土方さんは…どうするんだろう…

目の前の現実が受け入れられず、ただぼんやりと駐屯を出ていた。
手にはお茶菓子の包みを持ち、あてもなくブラブラと歩いていた。

いつの間にか川縁まできていた事もあり、河原に腰掛け水面を眺めていた。

じりじりと灼けるような日差しは、河原の小石を熱していく。座ることも困難に感じ、草履を脱ぎ足首まで川につかった。
川の水の冷たさが、暑くなった身体を徐々に冷やしていく。

浅瀬を歩きながら、さっき見た光景が頭の中で繰り返され、次第に涙を滲ませていった。

…何やってんだろう…私は…

…馬鹿みたい…

容赦なく日差しは照りつけていく。

川の水で少なからずも涼をとったが、川から出れば夏の暑さがまとわりつくように、また汗をかき始めていた。

お茶菓子の包みを置いた所に戻り腰掛けると、近所の子供達が川遊びにやってきていた。

このまま、お茶菓子を持って帰ってもしょうがないと思い、子供達にお菓子をあげた。

キャッキャッと喜びながら、“お姉ちゃん、ほんにおおきに”と何度も言いながら川で遊んでいる姿を見ていた。

その姿がひどく懐かしく思え、小さい頃のことを思い出していた。

…田舎のお祖母ちゃんの家の近くの川で遊んだな…

…すごく…懐かしい…

遠い昔のように感じる。

ここにいることが現実ではない気がして、一夏の夢を見ている感覚さえしてくる。

…頭が…ぼーっとする…

…戻りたいな…

…帰りたい…元いた未来に…

瞼を閉じ、深い眠りに誘われるように身体を横たえた。
遠くで子供達の声がする。
身体を起こすことが面倒くさく感じ、眠りたい気分だった。


“お姉ちゃん!!”

“誰か人を呼んでこな…”

“お姉ちゃん、しっかり気もって…”




『…う…ん…』

冷たさで、起きた。

『お姉ちゃん、大事ない?お母ちゃん、お姉ちゃん、起きたで!!』

女の子が心配そうな顔で、こちらをのぞき込んでいる。足音が聞こえ、そちらに目線を向けると優しげな顔をした女性が現れた。額に乗せられていた手拭いをとり、温かな手を乗せられ、熱を確かめるような仕草を向ける。

冷たかったのは、手拭いがのっていたからか…と納得した。

枕元におかれた水桶で、暖かくなった手拭いを取り替えてくれた。

…冷たくて…気持ちいいな…

暖かい眼差しがとても懐かしく感じ、お祖母ちゃんと重なって見えて、熱で潤んだ瞳から涙が落ちる。
一度流れ始めた涙は、止まることなく頬を濡らし、声をあげて泣いていた。

女の子が心配そうに覗き込んでくる。

『お母ちゃん、お姉ちゃん、どこか痛いところがあるんやろか…』

『…大丈夫や…』

暖かい声が耳に入り、祖母の声と重なり更に涙を溢れさせていく。

寂しかったのか…はたまた…二人の事からか…何が原因で泣いているの分からない。

けれど、泣きたい気分だった。

ひとしきり涙を流し、心配そうに顔をのぞいていた女の子が自分の手を握り、傍らで眠っている。

『少しは、気分はようなった?』

優しく声をかけられ、声をかけられた先に目を向けると、先程の女性が枕元に腰かけた。

『す…すみません…ご迷惑をおかけして…』

上体を起こそうとすると、手で制するように肩を掴まれ、布団に引き戻される。

『まだ、寝とき』

『幸は、寝てしもうたみたいやね…ずっと、あんさんのこと心配してたんえ』

温かい笑顔が身体を包んでいく。
身体を起こし、すがりつくように彼女の胸の中に飛び込んでいた。
何も聞かず、ただ抱きしめてくれている姿が祖母と重なり、頭に声が木霊した。

“…あかねちゃん、大丈夫…”

『…大丈夫や…なんとかなる…』

かけられた言葉も、彼女の温かさも全てが自分自身を包み、傷付いた心に染み込んでくる。

ずっと、こうしてほしかったのかもしれない。

本当は…寂しくてしんどくて…誰にも言えなかった。

そんな私の事を、土方さんは分かってくれていた。

だから…余計に感じたんだ…二人が抱き合っていた姿が…

土方さんを…私のことを理解してくれていた土方さんをとられてしまうような気がして…

私…わがままな子供みたいだ…

情けなくて、でも、どうすることもできない気持ちが、渦巻いている。

彼を…渡したくない。けど、二人が想い合っているなら…今はまだ、そんなこと考えたくない。

けれど、もしそうなら…答えは一つ。

土方さんの幸せを願いたい。

強い心を持って、生きて行かないと…だけど、今だけもう少しだけ、このままで…

暖かい手が、背中を撫でてくれている。甘えるように、泣き続けた。




side土方

夜、座敷であかねを待ちながら杯を傾ける。月を見上げながら、手酌で酒を飲んでいた。

襖の向こうから声がかかり、入るように促すと、そこにはあかねの姿はなく…お松の姿があった。

自然と眉間に皺が寄っていく。
つい、“あかねはどうした?”と口からこぼれそうになるのを飲みこんだ。

お松が、傍らに腰掛け、空になっていた杯に酒を注ぐ。その様子を眺めながら、居心地の悪さが支配していく。

お松が、俺に真剣な眼差しを向けながら告げた。

『わて…土方はんを諦めるなんて…できへんのどす…
せやから、せめて今宵だけでも…わて土方はんのもんになりたい…
誰かのかわりでもかましまへん…』

杯を傾けながら縋るように、着物を掴むお松の手を、そっと離すように促した。それでも構わず着物をつかむ手を制していた。

『あいつ以外に、興味はねぇ』

抑揚のない冷たい声は、お松の顔を陰らせていく。傷つけると分かっていながらも、己の心情はどうすることもできない。

『昼も言ったが、申し訳ないがあいつ以外は考えられない』

溢れんばかりの涙がお松の頬を流れていく。それに構わず席を立ち、“帰る”と一言告げ、部屋を出た。
お松の泣き声が聞こえてきたが、構わなかった。それよりも、なぜあかねが来なかったのが、気になっていた。

…なぜ来ねぇんだ…あかね…

あかねの顔が無性に見たくなる。

…鬼の副長と呼ばれている男が一回りも離れている女に現を抜かしてるとは…ざまあねぇな…

…だがあかねは今まで会ってきたどの女とは違う…

…これが俗に言う骨抜きってやつか…

揚屋の玄関先で、座敷を終えた菖蒲と花里と、ばったりと出くわした。
二人の表情に翳りが見え、声をかけると、言いよどむように言葉を濁らせた。

いつもならそのまま、帰るところだが、何故だか気になり、問い質すように言葉を向ける。
自然と声が低く、厳しい顔つきになっていた。

『何かあったのか…』

花里が怯えた表情を見せながら、眉を寄せながら告げた言葉に、耳を疑った。

『あかねはんが…帰ってこおへんかったんどす…
今朝方、新撰組の駐屯に行くって…言っとたんやけど…
今も旦那はんらが捜しとって、まだ見つかってへんみたいで…』

花里の言葉が頭の中に木霊していた。


つづく
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