物語
□藍屋秋斉(花エンドその後)【完】
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秋斉さんと慶喜さんが、湯治に出かけ、一週間がたとうとしていた。
体調が悪く身体がだるい。
目眩がするし、気持ち悪さも伴っている。
これは……何だろう…
風邪でも引いたんだろうか。
少し、微熱っぽい気がする…
ここ頻繁に感じる、不調に私は、不安な気持ちになっていた。
『……秋斉さん……』
自然と、彼の名前を口にしていた。
秋斉さんに、無性に会いたくなった。
重い体を起こして、縁側に出てみる。
月が、きれいにかけていた。
キリっと胸の奥が痛む。
無意識に胸に手をあてがう。
小さい頃のことを、思い出していた。
近くの柱にもたれ掛かる様に腰掛ける。
溜め息が漏れた。
産まれたときから体は弱く、いわゆる虚弱体質で、無理をすると、高熱を出し母に心配をかけていた。
思うように遊べず、入退院を繰り返し、いつも病室の中から、病院の隣の公園で遊んでいる子供達の姿を目で追っていた。
そんな私を、母が励ましていてくれたが、病室を出た廊下の影で泣いていた姿が目に遺っている。
『………お母さん。』
切なく、胸が苦しくなる。
そして、あの日の夕日も…
置屋で新造として働いていた頃は、不思議と身体の不調を感じることは、少なかった。
水戸にきてから、感じる不調に少し、戸惑っていた。
『おばあちゃんが、知ったら怒るんだろうなぁ…』
おばあちゃんにこの時代にタイムスリップする前に、検査入院しなさいと言われていた事を思い出し、苦笑いがもれる。身体の状態は悪くなっているのかもしれない。
また、溜め息が出た。
一度、吉田先生に診てもらった方がいいかもしれない。
でも、心配をかけたくはない気持ちもあり、言い出せずにいる。
吉田先生は、いつもお世話になっているお医者様で、秋斉さんと慶喜さんを子供の頃から知っている、数少ないうちの一人だ。
秋斉さんの良き理解者でもある。
私も、初めて吉田先生に、会ったときから大好きな人だ。
どことなく、子供の頃、想像していたお父さんと似てるいるからかもしれない。
その吉田先生に心臓の状態が悪いと言われたら……
吉田先生は、きっと、秋斉さんにも話すに違いない。
それが……怖い…
怖い気持ちが先行する。
子供の頃の記憶が蘇る。
お母さんの私に見せていた悲しい顔を秋斉さんにも、させてしまう。
秋斉さんや慶喜さんに、気付かれないように……吉田先生にも……
今、二人は湯治に行っている。少しでも身体を休めていよう。
あまりにも、身体の状態が悪くなるようなら、吉田先生に診てもらおう。
いつのまにか、夜空の月は、雲に隠れていた。