物語

□記憶【完】
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side秋斉

今日は、朝から雪が降っていた。

深々と降る雪を見つめては、遠いところを見ているように感じる。

故郷を想っているのか。

俺の元に残ると言ったみゆきを、すまないと思う反面、嬉しさの方がまさっていた。

故郷には、御両親も親しい友人もいるだろうに、全てを捨てさせたのは、俺自身だ。

彼女の横顔を見つめ、手を伸ばしたくなる衝動を抑える。

近頃、みゆきの元気がない。

故郷に帰りたいのか、と聞きたい反面、聞きたくないと思う自分がいる事に、胸を締め付ける。

もう、手放すことは出来ないと分かっているのに…

考えてしまう。

どうかしたのかと聞けばみゆきは、答えてくれるかもしれないが、聞けない臆病な自分がいる。

空になった湯飲みを眺め、

『お茶でも煎れまひょか。』

『あっ、すみません。気付かなくて…』

消え入りそうな声で、みゆきが申し訳無さそうな声で言う。

『煎れてきますね。』

みゆきの手を、やんわりと制して立ち上がる。

『秋斉さん、私、煎れてきますよ。』

申し訳無さそうな顔で言うみゆきの頭を撫でる。

『ほんに、美味しい朝餉どした。いつも頑張ってる、みゆきはんに、わてからの労いや。』

そう言うと、みゆきは照れた顔をした。

愛おしい。

こんなに、穏やかな生活がくるとは、幕府の慶喜の為と身を粉にして働いてきていたのが遠い昔のように感じる。

鉄瓶から湯を急須に入れる。

ほんのりとお茶の匂いが漂う。

湯呑みにお茶を煎れると、よりいっそう、お茶の匂いが漂った。

みゆきのそばへと、腰を下ろす。

『…ありがとうございます。』

湯飲みを手に持ち、お茶を飲む姿にも愛おしいと思ってしまう自分がいる事に、苦笑いする。

みゆきが不思議そうな顔で、こちらを見た。

『どうか、しましたか。』

『いや、何でもあらへん。』

思っていたことが、自然と口から零れていた。


『何を、悩んでるんや。』



つづく
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