□すれ違う
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「やめ………」



消え入りそうな声で、彼女はそう呟いた。



まるで言葉を吸い取るようにして唇を塞ぎな がら、彼は彼女を押し倒す。 首を振って抵抗を見せる彼女にもお構い無しだ。



「違う。違うよ、イルミ」



その額に、鼻先に、頬に、歪んだ唇に、彼は 順番に唇を落とす。 面倒に思った訳ではない。ただ、他に方法が思い付かなかった。



「違うの。本当に、やめて……」



そんな思いとは裏腹に、彼女は両腕で彼の体 を押し返す。




どうして?




彼女の腕を片手であっさりと捕らえた彼は、 その腕をシーツに押し付けた。



彼はもう一方の手を使い、彼女の服を緩めて 行く。 露わになった首筋につうっと舌を這わせて、



「……名無しさん?」



そしてふと、顔を上げた。



溢れた涙が目尻を伝い、こめかみに向かって 真っ直ぐ落ちて行く。 彼女は泣いていた。唇を噛み締め、声を押し殺して。



「どうして泣くの?」



面倒に思った訳では、決してない。 他に方法が思い付かなかった。



彼女の心を覆う雲を払うために、何をしてや れば良いのか。 どうしてやれば彼女が笑うのか、ただ、解らなかった。



彼女が求めているのは強引なキスでも、力任 せな慰めでもない。



たった一言の愛の言葉。 それだけで良かったのに。



「……ごめんね。分からないんだ」



「分かってよ、」



「教えて。オレは一体、どうすればいい?」



涙の跡を親指でなぞりながら彼は言う。 目を閉じて額を合わせると、彼女の心が捻れる音がした。

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