□利用価値
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「オレはいつか誰かを自分の為に利用するかも 知れない」


そう言った彼は悲しそうでもなく、かと言っ て嬉しそうでもなく、只々無表情のままだっ た。 普段の一人称との違いに少し違和感を覚えた が、それは時々彼から垣間見ることはあった。


「どうしたんですか?」


「唐突に、だが…何となく思っただけだ」



「珍しいですね、頭の中での考えをそのまま口に出されるなんて」


「そうかもな」



やはり相変わらず無表情で、その色のない表 情さえ彼の思考を汲み取るヒントの一つなのか と思うと、彼の顔から目が離せなかった。



「誰かを利用する事が怖いって事ですか?」



「怖い…というのとはまた違うな。人道に悖る 事を今更恐れてはいない」



嘘だ。その一言が言えず肯定も否定もしない 私はある意味で人道に悖る行為をしているのだろうか。



元々彼は潔癖な人間だ。綺麗で無垢で純粋を絵で描いたような人間なのだ。無闇に誰かを傷つける事を良しとせず、裏切りや偽称、そんな汚いものなど許す事が出来ない人物。



だが、長い間復讐の道を歩み続けて来たせい で感覚が麻痺してきている。


私も、彼も、平等 に。 何が正しいのか、何が正しくないのか、その判断が確実に以前とは違う。少なくとも私達はどんな理由が在ろうと人を殺める等、言語道断 だと考えていた筈だ。それが今では仇を引きずり出し、復讐をする事に全てを捧げている。 与えられた絶望を、等しく絶望として返す。 その為の毎日だ。



その毎日を共に過ごしている私は何と言葉を 返せば良いのだろう。 「そんな事をしてはいけない」と止めに入り私の想像によって生み出された彼の姿を押し付けるのか。 「今更そんな事を考えても無駄なのだから」 と彼が傷付くのをただ受け入れるのか。 或いは沈黙を押し通し曖昧にして、人の最大 価値でもある考える事を放棄するか。



「不満そうだな」



くだらない事を言った、と小さく謝罪され る。 仮に彼が誰かを裏切り利用したとして、一体何が生まれるというのだろう。知らぬ誰かが傷つき、彼も傷つく。なんて生産性のないことなんだ。



ならばいっそのこと



「その誰かは『私』にして下さい。私を利用して下さい」



彼はピクリと反応したが、すぐに小さく溜め息 をつき「大概、お前も唐突だ」と呟いた。



「クラピカが話してくれた今この時をもって、 私はクラピカと対等になるんです。だから『いつか』が来てもクラピカが私を裏切ったことにはなりません」



相手に対し裏切ると伝えた後に行われる裏切 りなど、裏切りにはならない筈だ。
そんなもの成立しない。きっとそうだ。
裏切りとは味方を欺き、利用すること。私は 彼に欺かれる訳ではない。クラピカに利用され る?愚問だ。


ならば私も彼を利用しているも同じだ。 彼の隣に立てるならば対等になれるなら、 と彼の心情を踏みにじり利用しているのだ。



「私がお前を裏切る時など、本当に来るのだろうか」


「来ても構いませんよ、それは裏切りでは無いですから。矛盾してますけどね」

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