□仕方の無い男
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「クロロって人がいるんだけどぉ、その人ね。 私の事好きだって言うのぉ!!」



夜の深まり始めた時刻。友人の艶めいた唇から紡がれた名前にドクン… と嫌な音をたてて心臓が跳ねた。



コーヒーカップを握る手に汗がわく。



「もう私どうしたらいいのか分かんなくてぇ 」



違う。人違いだ。

私の知っている“クロロ”じゃない。



流行る気持ちを笑顔で隠し、平静を装い問い 掛けた。



「そのクロロって人どんな人なの?」



「んとねぇ、誠実な人なんだよぉ。本読むの好きでぇ、頭よくてぇ、お金持ち でぇ。顔がとにかく格好いいの!##NAME1 ##も見たら絶対格好いいって言うと思うよぉ! 」



「そう、なんだ」



「あと、カリスマ性?って言うのかなぁ? よく分かんないけどぉ、大物って感じのオー ラがでてる!」



「へぇ、なんか凄そうだね」



「でしょでしょ!なのに、プリンが好きなん だよぉ〜可愛いよねぇ〜」



予想していた人物との共通点に、自分の顔が 強張っていくのがわかった。



どうして…



もう、随分と前に出身地と共に忘れた。 否、忘れようとした名前を。



まさか、友達の口から聞く事になるなんて…



幸いにも、友人は私の表情の変化に気付いて いないようで、嬉々として話しを続けている。



「ねぇ…名無しさん〜私どうしたらいいと思う?付き合ってもいいかなぁ?」



コテンと困ったように首を傾げる姿は女の私から見ても可愛いく庇護欲を刺激される 。



クロロもやっぱりこういう女の子が好きだったのだろうか。



友人の相談に曖昧な言葉を返しながら不器 用な付き合い方しか出来なかった過去の自分 たちを思った。



あの頃の私たちはただ幼く、お互いを縛り付けあうことでしか愛を確認出来なかった。



愛することにしか目を向けず価値観の違い や、目指す物の違い、微妙にすれ違っていく お互いの心に目を向けられなかった。



そしてそんな自分よがりな恋が長く続くはずもなく 、堪えきれなくなった私が彼の元から去った事により終了した。







友人に別れをつげ、自宅までの道をゆっくり と歩む。



ふと、夜空を見上げるふりをして立ち止まり 背後の隠そうともしていない気配に溜息を ついた。




「今更何の用?」






「クロロ」




後ろを振り返らずに問い掛けると予想していた通りの声が背後から聞こえた。



「冷たいな。久しぶりの再会じゃないか。」



数年前と変わらぬ声色に不覚にも胸が一度 大きく脈を打つ。



「私の友人に会いに来たの?」



突き放すような口調は言外に私に関わるな と伝えているつもりだ。



「そう思うか?」



「さぁ?あんたの考えてることなんて分かる わけないから」



相変わらずだな、と背後で笑う声を無視して 歩きだす。



「じゃあ、さようなら」



もう話す気も会う気も顔をみる気もない。



カツン カツンと人気のない道で業と足音をたて、前に進んでいる事を確信しながら歩みを速める 。



「#NAME1##に会いに来た、と言ったらどう する?」



足音を掻き消すように響いた声に思わず足 を止めてしまった。



何やってるんだ私…

この声に耳を傾けちゃいけないのに…

速く、前に進まなきゃ…



「お前がいなくなった数年間をお前を、忘れられなくて迎えに来た」



「嘘言わないで。あんたには、あの子が―」



「あの女はお前を見つけるために利用しただ けだ」



即答された答えに、思わず耳を塞ぎたくなっ た。



私は何て最低な友達なんだろう…

友達が利用されたと聞いたのに…



私がクロロの言葉を聞いて一番に浮かんだ感 情は友達を思いやる気持ちではなかった。



「相変わらず最低ね。自分のことしか考えて ない」



自分の感情を隠すようにクロロに精一杯の 厭みを放つ。



私の声が震えていた事をクロロは気付いた だろうか。



背後でクロロが小さな溜息をついた。



「盗賊だからな」



「お前だって、そうだろう?名無しさん」


一番触れて欲しくない所に触れられ、表面だ けでもと取り繕っていた冷静さは見事に崩れ 落ちた。



「私は違う。もう…もうその世界とは関係ない」



脳裏に過った悪臭漂う土地と血で汚れた子供の姿を振り払うように声を張り上げる。



「私は…関係ない!私はもう…盗賊なんか じゃない!」



まるで自分に言い聞かせるように叫び、その まま走りだす。

ことは叶わなかった。 いつの間にか私のすぐ後ろに移動していたクロロによって腕を掴まれていたからだ。



「離して」



力任せに腕を振り払おうとするが適うはず もなくそのままクロロの方に引き寄せられる。


「っ」



数年ぶりに私の目がクロロの姿を映し出した。



「名無しさん…」



強く抱きしめられながら耳元で甘い声に名 前を呼ばれ、全身が痺れたように動かなくなる。



いや… そんな声で呼ばないで…

そんな声で呼ばれたら…

こんな近くでクロロを感じてしまったら…

数年前の純粋に愛だけを見ていた自分に戻ってしまう。



「名無しさん」


「お願いだから…やめて」


「好きだ」



擦れた弱々しい声は、

初めて聞く声色。



「好きなんだ」



「…いまさら…」



「今だから言うんだ」



「意味、わかんない…」



嘘。本当は分かってる。

でももう戻りたくない

あの世界に。 あの自分に戻りたくない。



「戻ってきてくれ」



抱き締められた腕の優しさに涙がこぼれた。



平和の代償 平和の代償は貴方でした。




(ずっと貴方に恋をしています)


離れていく背中に向かって声を出さずに呟いた。

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