リボーン書き場

□命の在処
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硝煙の微かに甘い匂いが煙る。暗い通路を歩きながら、沢田綱吉は顔をしかめた。



(…ひとごろしの匂いがする)



もう目と鼻の先に迫っていた。













沢田綱吉、14歳。イタリア最大派閥のマフィア、ボンゴレの門外顧問である沢田家光を父に持ち、ボンゴレ初代の直系という最上級にして純血のブラッド・オブ・ボンゴレを継ぐ平凡にして凡庸な少年である。

ただひとつ、いや、産まれ落ちたその日から何度も何度も何回も、

見知らぬ他人―――ボンゴレに関わるありとあらゆる他人から命を狙われてきたことを除けばだが。



日本人だが門外顧問の息子。それだけで綱吉の命はあらゆる紛争の種になった。
ボンゴレは巨大な組織だ。付随する富も権力も並みの組織とは比べ物にならない。それはつまりそれだけ多くの人間が、強い欲望、感情を持ってボンゴレという大きな表層の下で蠢いているということで。
皆お金が欲しいんだ。権力を握りたい。なのに自分の上には門外顧問なんて目障りなものがいてそのままでは太刀打ち出来ないほど強い力を持っている。人質でもとって脅かしてやりたいほど邪魔な、目の上の瘤。
巨大な組織の水面下では幼かった綱吉を、寄って集って利用しようとマフィア、大人達が競いあった。

誘拐なんて序の口だ。綱吉は何度も何度も殺されかかっている。そしてそれはきっと、これからもだ。
ただの子供、日本人の平凡な子供としてしまうには、綱吉はあまりに血統が良すぎた。
本気でボンゴレを憂う幹部にこっそりと暗殺者を送られる、慕うボスには決して悟られないように。すべてはボンゴレの為に、マフィアは非情な存在だ。


………冗談じゃない。


綱吉は死にたくなかった。どうして何も悪いことしてないのに殴られるのか分からなかった。知らない大人は皆自分を殺そうとしているなんて妄想に憑かれたが、別に妄想とかじゃなかった。大したことない、現実だった。
ああ、大したことなかった。人殺しの腕は綱吉の方がいつも上だったから。

そしてそのことが、その才能が綱吉を生かし続け、同時にすべての歯車を狂わせた。









ノンフレームの眼鏡にブルーライトが反射する。仲間からの連絡が途絶えて一時間、未だボンゴレ十代目及び、その守護者達を殺害したという報告はなかった。
標的の住まう並盛町から少し離れたこの町で用意した隠れ家で、眼鏡をかけた男――セルジオ・セルペンテは苛立ちを隠せない。

ボンゴレ十代目に祭り上げられた日本人。血統だけが価値の、組織の力に守られた矮小な一般人。だからボンゴレの目さえ誤魔化すことが出来れば簡単に殺せると踏んだ。実際にやってみると拍子抜けするくらい順調に事が運び、こちらが心配になるほどの沢田綱吉の防備の薄さに成功を確信したのに。

流石にボンゴレも気づく頃合いだ。
もう一時間も持たない。
歯ぎしりする音が響く、あんな子供にマフィア界を牛耳らせてなるものか。
あんな、

「あんな血統だけの糞ガキにッ!!」

「ひでー言いよう」

「ッっ!??ッ!!おッおまえ!?貴様っ何処から?ッ!!」

「入り口からです」

「貴様さ、さわ、」

「沢田綱吉でーす。こんにちは?セルペンテさん」

なぜここに。
いつから、ここに。
有り得ないことが今目の前に、きっと作戦は失敗して沢田綱吉はボスである自分を始末しに来たのだろうという当たり前の考えも浮かばずに。
混乱した頭で、

「死ねぇぇぇええええええええ!!」

叫びながら撃鉄を起こし振り向きざまに引き金を引く。
本懐を、遂げようとして。

「絶対に嫌だ」

気づく。銃口に何かが詰まっている。さっきまで、万全だったのに。ひきつった顔のまま、暴発したアサルトライフル――彼の愛銃の爆発に左手から頭まで裂け吹き飛んだ。

ぐらり、男の体が傾いで床に崩れ落ちる。
権力を、成功を夢見た男の、呆気ない最期だった。



目の前の惨事を生み出した張本人――沢田綱吉は物言わぬ骸を見下ろして口元を歪める。そこにうかぶのは男への同情や人死にに対しての感慨などではない。
病室に居るだろう大切な親友のことが心配だった。今頃目を覚ます頃合いだろうか。
男が背を向けていたパソコンへと手を伸ばし、少しでも情報を得ようと血で汚れたキーボードを叩く。

(あの日からもう、7年も経つ)

毎日の様に命を狙われた。利用しようと、自分の命は他人にとってことのほか有効的だったようで、俺の意識の外側で人は俺を自分の目的を遂行するための部品として見ていた。
今に至っても。



死にたくない。殺したくない。ただ穏やかな毎日を望んだ。
地に倒れ伏した雲雀恭也を想う。俺を庇って傷を負った彼を想う。

「…またあいつに守られた」

拗ねた声音と裏腹に、愛しそうに緩んだ顔が薄暗い部屋のなか、見つめる液晶の光に照らされている。

爆発によって弾かれた銃口を覆う氷が、冷たい床の上、血に濡れて煌めいた。














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