リボーン書き場

□日常の価値
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脚がもつれ、必死に呼吸を取り込んだ喉が渇ききって鉄の味が舌に広がる。
耳鳴りに犯されながらもなんとか玄関まで辿り着く。がちゃり、

「はっ、はっ……、…?」

鍵が、開かない。
まさか、と思うが十中八九そのまさかだった。体感では今は七時を少し過ぎたくらいだ。出かけには寝ていた奈々が起き出していてもおかしくない。いや、専業主婦ならとっくに起き出して朝食の支度でもし始める頃だ。
恐らく新聞でも取りに外に出た後、玄関の鍵が開いているのに気付き閉めたのだろう。
開けたまま閉めなかったのは鍵の場所がわからなかった私のミスで、防犯上よろしくなかったと反省もするけれど――今はさらに、問題があった。そう、


(鍵の場所がわからねーーーー…)


家に、入れない(再)

またかよ…。多分奈々さんはまだ綱吉は寝てると思っているんだろうけど…。外に居ますよー。会いたくて会いたくて震えてるよ(汗冷え)。
参ったね。頭をかく。んー…、インターホン鳴らしてもいいけど…。普通鍵とか予備を外に置いたりしない?前世で私の家ではそうだったんだけど、もしこの家もそうだった場合ねー…、なんでツっ君鍵開けて入らないのー?みたいな、つかそもそもなんでこんな時間に外いるの(しかも汗だく)みたいな。
奈々さんだけならともかくリボーンいるしなぁ…。
あー、もう、いいや。寒いし喉いたいし肩がガチ感覚ないし全身だるいしもう無理。
いっちゃえ。

ピーンポーン

…押した…やってやったよ。暫くしてぱたぱたという音。

がちゃり
「はーいどなた…って、ツナ君?」
「おはよ、な…かーさん」

驚いたように目を見開く奈々さんを押して中に入る。正直もう一歩も歩きたくない…。

「どうしたのそんな格好して!」
「あー、うん、えーと…走ってきた」
「あらまあ!」
「汗だくだからシャワー浴びたいんだけど、いいかな」
「早く浴びて来ちゃいなさい!着替え用意しとくから」
「ありがとう」

あれよという間に脱衣場に押し込まれる。扉を隔てて階段を上る音がするのは、きっと奈々さんが着替えを持ってきてくれようとしてるのだろう。
なんというか、母親だなぁ…。
服を脱いでシャワーを浴びる。冷えた体に熱い湯が心地よかった。

「………………あれ?」

先程の闘い(爆)で負傷した左肩の傷が、予想していたよりはるかに軽い。てっきり脱臼か罅くらいはいっててもおかしくないくらいの勢いだったのに。
赤くはなっているし痛みで上手く上がらないけれど、筋肉を冷やしておけば明日には打ち身程度に収まっていそうだ。一応、冷水を肩にかけておく。
首をかしげながら風呂場から出るとしっかり着替えが置いてある。ゆっくり奈々さんへの好感度が高まっていくのを感じる…あ、ワイシャツアイロン掛けてある。いい嫁さんもらったなあ家光…。
置いてあった制服をシャツまで着たところで、鏡に向かいあう。私が思うに、綱吉のあのサイヤヘアーは髪を乾かさないことによる爆発だったのではないだろうか。
確かに髪質は前世の私に比べたら多少かためだと思ったけど、さらさらしてて男の子の髪って感じだったし。
ということで、試しにしっかり乾かしてみる。近くに奈々さんのものとみられるスタイリング剤を発見したので拝借し、ドライヤーを当てる。
髪が短いのであっという間に乾くなー(前世比)。そして、私は間違ってなかったよ…!!わーかわいい!!ふわふわ!かわいい!!女の子!これは嬉しい。
しっかり根本からブラシで伸ばした髪はある程度重力に従い、天使の輪を作っている。流石にまっすぐすとーんとまではいかなくても、綱吉超美化の同人誌レベルには落ち着いた。例えがひでぇ…。
仕上がりに満足したので、最後に黒いヘアピンで前髪を留める。以前、寧ろ生前私が大好きで日参していたサイトの影響でスレツナ=ヘアピンというイメージが強くあったのだ。

わー…

わあ!!!!


スレツナだあー!!めっちゃスレツ「ちょっと綱吉ー?遅刻するわよー?」

はい。


テンション上がり過ぎた…恥ずかしながら。急いでネクタイを締めリビングへ急ぐ。つーか遅刻しそうじゃね?

「随分長く…ってあら!どうしたのそれ、かわいいじゃないツっ君!!」
「かわいいって言うなよ…まあ、着替えありがとう」
「いいのよーそれにしてもツっ君が早起きして走り込みだなんてお母さん嬉しいわ!やっぱりリボーン君が来てくれたからかしら?」
「いい心がけだぞツナ」
「…………あ、おはようございます」

リボーンいた。忘れてた。
奈々さんに水を受け取って飲んでいたら(気が利く。マジいい嫁)後ろから声がかけられる。ちゃおっスリボーン先輩…。

「お前、今日の朝は―――」

リボーン先輩がなんか言ってる。しかし、それが耳に入らないくらい大きな衝撃が私を襲った。


うまッ………、飯、うま…………ッ!!


まるでプロの料理人、有名なレストランのオーナーが作ったかのよう!
カリッと焼き上げられたトーストはイギリス伝統の山型で、口に入れると酵母の風味が小麦の香りと共にふわりと広がる。
添えられたスクランブルエッグ――このコクは牛乳ではなくクリームを使われている?ふわふわとろとろというありきたりな表現しか出来ないが、まさにそう表するに値する口当たり。強めに効かされた黒胡椒は粗びきだ。
しかもかかっているケチャップ――かと思いきや、自家製のトマトソースだった。まだ温かいトマトの酸味が黒胡椒と相まって卵の甘味を絶妙に引き立てている。
ミルクティーは蜂蜜で甘味をつけていて、シナモンの香りが凄く私好みだった。
並べられたジャムはどれも手作りっぽいし…やべぇ。

奈々さん、超やべぇ。

私が奈々さんに惚れた瞬間だった。
お母さんとしては見れなくても、この人は尊敬できる人や…。
まあ、この人が母親に見れなかったのは生前の私が奈々さんと同年代、下手したら歳上だったってことが大きいので…。

「おい、お前」
「んー?…あッ!!やばッ!!やばい!!!!」

リボーンの声に顔を上げ時計を見て愕然とする。七時四十五分…!!七時四十五分!!
ガタタッと音を立て立ち上がり食器を下げる。そして歯ブラシを口に加えながら二階へ走り鞄に教科書をつめる。まあダメツナらしく全教科置き勉してるみたいで、そう用意するものもなかったけど。

鞄をつかみ下へ戻り、口をゆすいで歯みがきを終えて奈々さんに振り返る。



「行ってきます!」



「ちょっと待ちなさい綱吉」

靴を履いてると奈々さんがやってきた。呆れたような顔で。どうしたんだろう…また何かしたのかな。
手を伸ばされて反射的に身を固くする。優しい指先に髪を撫でられた後、ぽん、と包みを手渡された。

「お弁当、忘れてるわよ」

ありがとう。

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