蛟堂報復録

□いい兄さんの日
1ページ/4ページ



「従兄さんってば、本当に――生真面目というか、馬鹿というか、自分のことには無頓着って言うか。まあ、馬鹿だよねえ」

 上から、気の抜けた声が降ってくる。丹塗矢丑雄は切れ長の目をいっそう細めて、声の主を睨んだ。椅子の上に行儀悪く胡座を掻いているのは、二つばかり歳が下の従弟だ。名を秋寅という。日頃は上海でふらふらしている彼が、よりにもよって昨日帰国したというのは嬉しくない報せだった。

「大体さー、伊緒里ちゃんが一週間家を空けただけで体調崩しちゃうって、何なの? 普段から奥さんに健康管理を任せてるの? 新婚でもないくせにラブラブなの? もしかして、俺に当てつけてるつもりなの? そーゆーことされると独身の俺は泣くしかないんだけど。どうなのそこんとこ」

 相も変わらずぺらぺらとよく喋る。
 耳障りではないが頭によく響くその声に、丑雄は軽く眉を顰めた。

「それで・・・・・・お前は、うちで何をしているんだ。秋寅」
「何って、看病? もうびっくりしちゃったよ。空港まで迎えに来てもらおうと思って電話しても、出ないし。仕方がないから一人で帰って来てさ。また辰ちゃんのこと苛めてるのかなーと思って来てみれば、従兄さんてば玄関でぶっ倒れてるんだもん。ついに過労死したかと思って心臓が止まりかけちゃったよ。ベッドに運ぼうにも、従兄さん重たいし。俺、力ないのよ? 体重とか、辰ちゃんより軽いのよ?」
「分かった。お前の苦労は分かったから――少し、黙ってくれ」


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ