Entfernug

□PHASE−1
2ページ/2ページ




「あ・・・。」



カッシャーンと音を立てて、俺の手から滑り落ちた懐中時計。
何歳かの誕生日の時に父から貰ったものだ。
しゃがみ込み覗くと、ガラスは割れ、バネが飛び出し、螺子も外れてしまっている。



「参ったな・・・。」



確かに機械は得意な方だけど、時計は触った事がない。
ハロなら判るんだけどな・・・。



「久し振りに行ってみるか。」



俺の中に浮かんだあの人。
あの人なら直せるかもしれない。
散らばった破片を掻き集め、俺は出かける用意をした。



「いらっしゃいませ〜。」
「!?」



久し振りに訪れた店に入った瞬間、懐かしさを感じる前に俺は固まってしまった。

え・・・、何で・・・?何で此処に・・・。

女の子がいるんだ・・・?



「お客様?」



店番の女の子が不思議そうに訊ねる。
だが俺の耳にはそんな言葉は届かない。

俺が店を間違えたのか?
俺が思い当たった人物は勿論彼女じゃない。



「どうしたレモーリン?」
「「おじさん!」」



店の奥から出て来た人物に俺は胸を撫で下ろす。



「お兄さんだ。・・・ってアスランじゃねぇか。」
「お知り合いですか?」
「ああ、こいつはお得意様のアスランだ。」
「レモーリンです、宜しくお願いします。」
「・・・ど、どうも・・・。」



彼女はぺこり、と丁寧に頭を下げるが、俺はそれに素っ気なく返事を返してしまう。



「?」



おじさん、もといダッドさんはやれやれと溜息をいた。



「レモーリン、奥に引っ込んどけ。」
「何でですか?」
「何でもいいから。」
「・・・はぁーい。」



何だか納得がいかない、と云う顔をしていたが、素直に奥へと消えて行った彼女。
やっと肩の力が抜けた気がした。



「悪ぃなアスラン。お前が来るって知ってたら下がらせといたんだが・・・。」
「・・・娘さん・・・ですか?」
「お前俺を幾つだと思ってる・・・。あんなデカい娘がいる歳じゃねぇよ。姪だ姪。俺の姉さんの子だ。」



顔は老けているが実は三十台前半の独身。
俺の恋人は機械だ、とか云っていた気がするな。



「ったく相変わらずだなアスラン。」
「すみません。」
「謝る事じゃねぇけどよ・・・。」



そう俺は過去の在る出来事により、女性恐怖症なのだ。
女の人を目の前にしただけで、呼吸が出来なくなったり、声が出なくなったり。
足が動かなくなったり、胃が痛んだりと症状は色々。



「そろそろ何とかしねぇとそっち系に走るぜ?」
「そっち系?」



にや、っとダッドさんは笑う。



「ゲ・イ。」



そう云われた瞬間、背中に悪寒が走った。



「で、今日はどうしたんだよ。」
「あ、これ・・・。」



俺は持っていた鞄から壊れた懐中時計を取り出す。



「懐中時計か・・・。こう云うのはレモーリンの方が得意なんだよな・・・。」
「・・・彼女が?」



ただの店番ではないのだろうか?



「意外か?まあ女にしちゃ珍しいわな。」



そう云った後、暫くダッドさんは何か考える素振りをする。



「そうだアスラン。あいつどうよ?」
「へ?」



話の脈絡が全くなかったので、俺は間の抜けた声が出る。



「器量も悪くねぇし、機械の話も判る。持って来いの人材だと思うぜ?」
「ダッドさん!」
「はっはっ、ま、考えとけよ。」



顔を赤くした俺を笑ってからかうダッドさん。
女性恐怖症・・・。
治したいとは思うと同時に、消えない記憶が甦ってくる。

取り合えず懐中時計を預け、俺は店を後にした。




前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ