終わらない明日へ

□Smile,again.
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いつだってアスランは隣にいてくれた。怒っても呆れても、やっぱり最後は
「仕方ないヤツだな、お前は」
そう言って額をこづいて、苦笑いを浮かべるのだ。彼のそんな顔を見るのがたまらなく好きで、わかっていながら甘えてつい、無理を言って、いつもいつも繰り返すのだ。

「なんで僕がいつも膨大な量の仕事引き受けてたと思う?」

目に痛いほどの真っ白な空間でキラはポツリと呟く。答えはない。もう求めてなんかいない。言い聞かせているのだ、自分に。

不思議だ、と思う。初めてこの世界から切り取られたような空間に足を踏み入れたときにはどんなにかみしめようとも、泉からわき出る清水のようにこぼれ落ちる雫は枯れることを知らなかったのに。慣れるとはこういうことなのか、とまるで他人事のようにぼんやりと思う。それとも、無意識の防衛規制なのかもしれない。心がパンクしてしまわないように。ああ、だとしたらなんと薄情な人間なんだろう。君のことを放って、自分だけの悲しみに囚われて。誰よりもつらいのは、アスランのはずなのに。

「君がいてくれたから。君が僕のリミッターになってくれてたからだよ。君が止めてくれることをいつもどこかで心待ちにしてたんだ」

血の気のない青白い頬はひんやりと冷たい。衣服の下からはたくさんの細い管が覗いている。腕の点滴は抗生物質、鼻から通されたチューブは流動食を流し入れるためのものだと、そんな説明を聞いたのはいつだったろう。

いつしか。力強く自分を抱きしめてくれた腕は、見る影もなく。優しく自分の名を呼びかける愛しい声はなく。優しく細められたエメラルドの光は、まぶたの下に隠されたままで。それでも涙は出ない。

不思議だ、繰り返しキラは思う。あんなに泣いて喚いて取り乱して、カガリも、医師や看護師をあんなにも困らせたのに。いまや心中嵐が通り過ぎ凪いだ海面のように穏やかだ。



◆◇◆


「キラの様子は?」
「…相変わらず、ですわ。ずっとアスランのそばについていらっしゃって、動こうともなさりません。届けなければ食事すらまともに召し上がらないで、睡眠だって、まともに取られているかどうか」
「くっ…」

カガリは右拳を固く握りしめた。もどかしく、やるせなく、自らを罵倒する言葉ばかりが頭の中を駆けめぐる。ラクスはそんなカガリを気遣うように小刻みに震える肩に手を置いた。

「あなたのせいではありませんわ。アスランは自分の意志であなたを守ったのですから。あなたがそれを後悔しては、アスランがあまりにもかわいそうですわ」
「だが…!」

カガリは一度言葉を切って嗚咽をかみ殺した。

「私が泣く資格なんてないのにな…」

アスランは地球連合国の視察に赴いたカガリの護衛の任に就いていた。その際ブルーコスモスの残党によるテロ行為に巻き込まれたのだ。「空の化け物に与する裏切り者!」そんな狂言を声高に叫び、その次の瞬間だった。耳を劈く轟音と視界を覆う爆炎。そして。自分に覆い被さりぐったりとなったアスラン。彼の意識はいまだ戻らない。

カガリは己を責め、いまだにキラに顔を合わすこともできずにいた。きっと、自分には謝る資格すらない。そして、日ごとに弱っていくキラを止めることも…。




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