過去拍手
□バカップルなふたり3
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その日の東金千秋は不機嫌極まりなかった。
眉根を寄せ、いつもは垂れている眼もつり上がっていた。
その機嫌を隠す気もないせいか、いつもは回りに寄ってくるファン達も今日は遠目に見ては去っていく。
部員が勇気を持って、相談を持ち掛けようとしたら、ヤクザ顔負けの鋭い眼光で一睨みされた。
今の東金なら、人一人は殺れそうだ。
「おい、何なんだよ。あいつ」
それをたまたま偶然見ていた如月響也は、いつもの余裕をかましている東金の様子が何処にもなかった事に怪訝そうに独り呟いた。
「なんや、千秋はまだへそ曲げとるんか」
「どぉわっ!?…な、なんだ。土岐か、背後から急に現れんじゃねえよ!!」
それに答えるように背後から独特のイントネーションで声を掛けられた事に大袈裟なアクションで驚いてみせる響也。
「…なんや、人をバケモンみたいに失礼やないの。傷つくわ」
「急に背後に立ったあんたが悪いんだろ!…っていうか、へそ曲げるってどういう事だ?」
傷付くと言ってはみたものの、それ自体は全く気にしていなかった土岐蓬生は響也からの問い掛けに楽しい玩具を見付けた子供みたいに笑顔を見せて。
「千秋、小日向ちゃんとケンカしとるんよ」
昨日のこと…
東金は最近、お気に入りの小日向かなでを相も変わらず談話室で構いまくっていた。
「どうだ、小日向。神南に来る気になったか?」
「何度も言ってますけど、私は星奏から転校する気はありません」
「く、相変わらず強情だな。ま、その方が張り合いがあるってもんだ」
談話室の一つの長ソファーに二人で座り、かなでの肩に顎を乗せ腰に東金の腕が巻き付いてる状態。
因みにこの二人はカップル等ではない。
「…そうですか」
「って、お前…さっきから俺様との貴重な時間に何をしてるんだ?」
「………」
先程から答えてはくれているが、何となく空返事をされてる気がして東金はムスっとした様子でかなでの手を覗き込む。
「…は?おい、小日向」
「………」
「…小日向!」
「きゃ!何ですか!耳元で大きな声出さないで下さい」
「…お前、人が貴重な時間を割いて構ってやってるっていうのに何してるんだよ」
「…何って…メールに返信してただけですよ?」
東金の理不尽な言い分にも慣れたものなのか気にする様子もなく聞かれた事に答える。
「メールって、俺様との会話中にする事じゃないだろ。携帯、寄越せ」
「や、やめて下さいよ!それに、私がメールしている時に来たのは東金さんの方ですよ!メールが先、東金さんが後、順番は正当です」
ぷい…っと振り切って携帯を東金から隠すかなで。
「小日向、俺に逆らう気か?」
「逆らうとかじゃありませ……あ」
そう会話を交わしているとそれを邪魔するようにメールを告げる着信音。
「東金さん、邪魔しないで下さいね」
ポチポチと押されるボタン音に東金の機嫌は益々、急降下していく。
「は、俺様より優先するメール相手って誰だ。貸せ、相手を確認してやるぜ」
かなでから携帯を没収しようとしたら次はそれを妨害するように鳴り響く着信を告げるメロディ。
「あ!電話だ。東金さん、めっ!ですよ。…はい、もしもし…」
めっ…って子供にする注意をされた東金は、それでも未だかなでに密着したままの体制で電話相手を確かめようと、かなでの方へ身を乗り出す。
因みに此処までの会話で東金がかなでから1mmでも距離を開ける事はなかった。
「え、今からですか?…う〜ん…そうですよね。わかりました」
会話相手を確認したくとも、相手側がわざと声を潜めてるのか東金の耳に相手の声が聞こえる事はなく電話が終了してしまった。
ピッと電話を切る音と同時に先程の相手を確認しようと口を開きかける東金だったが、かなでが急に立ち上がるのでその勢いで引き離されてしまう。
「っ、おい!急に立つんじゃ…」
「ごめんなさい!東金さん。これから出掛ける事になったんで。私、行きますね」
「は?…お、おい!小日向!」
言うや否や、かなでは談話室からさっさと出ていってしまった。
「…という事があったんよ。あれから千秋の機嫌はずっと最悪や」
「っていうか、あいつら何公共の場でイチャついてるんだよ!いつの間にそんなに仲良くなったんだ!?」
「仲良く…というか、一方的に千秋がベタベタくっついとるのはよく見かけるなあ」
「はあ!?…つ、付き合ってる訳でもないなら、くっつくとか可笑しいだろ!かなでも何で嫌がらないんだ!」
「そりゃ…嫌やないからやろ?…せやから、意地悪してやったんよ」
先程から何が楽しいのかニコニコしている土岐に響也はやっと違和感を感じた。
「…意地悪って。そういや、あんた何でそんなに詳しいんだ?」
「ふふ…そんなん一部始終見とったからに決まっとるやないの」
はぁあああ!?と
思わず叫びそうになるがギリギリのところで言葉を飲み込む響也。
「因みに、小日向ちゃんにメールしとったのも電話したのも全部、俺や」
東金が不機嫌になった元凶が響也の目の前で悪びれる様子もなくニコニコと笑っている。
「あんた、東金の友達じゃなかったのかよ」
「勿論、友達やで?千秋がいつまでも焦れったい事を続けとったから、スパイスを加えてやっただけや。…小日向ちゃんを呼び出した後もちゃんとフォローしてやったし…な」
そう言って微笑む土岐の視線を追うと、いつの間にか東金の近くにかなでの姿があった。
「東金さん!おはようございます」
「………」
「昨日はごめんなさい!出ていった後にやっぱり東金さんの事が気になっちゃって。昨日は私が悪かったです。東金さんとお話ししている最中に携帯を弄ってるなんて失礼なことをしました」
「……で?」
「やっぱり…怒ってますよね?昨日は全然、東金さんとお話し出来てなかったなかったから今日は一日東金さんと過ごそうと思って…。って、こんなのじゃ、機嫌直りません…よね」
「…ふん、その様子じゃ反省はしてるみたいだな。俺を無視するなんて100万年早いぜ。…ま、お前のその態度に免じて今回は許してやるよ。小日向、次はないからな」
「…はい!」
そう会話を交わした二人はどちらともなく手を繋いで去って行った。
「な?ちゃんと千秋がどうしたら機嫌直るかもアドバイスしてやったし、俺ってほんま友達思いやん」
全ての元凶はあんただけどな…というツッコミは無駄な気がしたので敢えて響也は心の内で留めておくことにした。
変わりに、いま一番思っている事を口に出して。
「あいつら…くっついちまえよ」
もう普通にバカップルにしか見えない二人に対する素直な感想だった。
「ほんまやね。ふふ、カップルでもないのに目の前でいちゃこかれると腹が立つやんな。
…さて、次はどないな風に苛めたろか」
満面に笑みを浮かべて平和じゃない言葉を放つ土岐を響也は初めて敵に回したくないと思った。
(お前ら…さっさとくっついちまえよ)
回りの平和のためにも…。
響也はそう願うしかなかった。
end