牧場物語
□とりっくおあとりーと☆
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「チハヤ!Trick or Treat!」
玄関を開けると、そこには漆黒のマントにそれと同じ色のとんがり帽子を被った僕の彼女がいた。
「…とりっく……ああ、今日はハロウィンだったね。」
危なかった、満面の笑みを浮かべて此方に手を出している彼女…アカリの可愛さに一瞬だけ意識を飛ばしてしまった。
「うん!そう!お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ!」
か、可愛いっ
本人にその気はないのだろうが僕の耳には語尾にハートマークが付いたように聞こえた。
しかし、どうするか…。
アカリのいたずら…とやらも気になるが、この期待に満ちた眼差しを無下にするのも躊躇われる。
思考を巡らしていると自然と目線がアカリの足元を見ていた。
(……………………)
この子は、こんなに短いスカートを穿いて此処まで来たのか。
実際は膝上くらいのバルーン状のスカートなのだが、この姿を僕以外の目に晒したと思ったら無性に腹が立ってきた。
「…取り敢えずさ、そんな格好じゃ寒いよね。中に入って。」
「うん!」
お菓子を貰えると思ったのか彼女は元気よく返事を返してくれた。
僕も悪魔ではない、こんなに可愛い彼女の期待を裏切るような真似はしない。
「今日がハロウィンだって、すっかり忘れていたんだ。すぐに何か作るから待ってなよ。」
僕がキッチンに向かうと椅子に腰掛けていたアカリが嬉しそうに頬を染めて「はい!」と答えてくれる。
そんな表情を見ると思わず僕の表情も緩みそうになるが慌てて口元を引き締めるとキッチンへと向き直った。
余程、お菓子が楽しみなのか鼻歌を口ずさみながら椅子で揺れているアカリを横目で見て、何を作ろうかと考える。
…冷蔵庫を覗いて見ると、丁度良い物が入っていた。
******
「はい、お待たせ。」
「わあ!かぼちゃケーキ?」
「そ、丁度冷蔵庫に入っていたからね。召し上がれ。」
嬉々と両手を合わせて「いただきます!」とフォークでケーキを刺し、それを口に運ぶとアカリはとても幸せそうに…蕩けそうな笑顔を向けてくれる。
それを見ていると僕も幸せな気持ちに満ちてくるけど…しかし……
「…アカリさ、その格好で此処まで来たんだよね?」
アカリの向かいの席に座って頬杖を付く僕に彼女は表情をキョトンとさせる。
「…うん…。そうだけど…?」
「…その格好…僕以外にも見せたんだよね。」
「え、見せたって言うか…まあ…見られたとは思うよ。」
僕が何を言いたいのか今一掴めていないアカリは怪訝そうに表情を歪める。
その姿を他の奴が見たって事にも(しかも、僕よりも前に)アカリにそう言う意識が少ないって事にも腹が立つ。
僕が何を考えているのか掴めずに困惑顔のアカリに僕が微笑んでその名前を呼んでみせれば、ぎこちないながらも微笑みを返してくれる。
「…アカリ、Trick or Treat。」
「……へ?」
まさか、自分が返されるとは思ってもいなかったのか、元々大きな瞳をより大きく見開いて僕を凝視している。
そんな姿すら、愛しいけど…一度湧いた嫉妬心を抑えるには、これしかないよね。
「お菓子か、いたずらか…どっちが良い?」
「え、あ…お菓子…お菓子なんて持ってきてないよ!」
予想にしてなかったであろう事態に慌てているアカリだけど、その答えは僕にとっては予想通り。
「じゃあ、いたずらで決まりだね。」
なるべく優しげな笑顔でそう告げるも逃げ腰になっている彼女の手を掴む。
「…いただきます。」
「えっ!いただきますって…いたずら…いたずらなんだよね!?」
やっぱり、僕の彼女は可愛い。けど、その無自覚さは罪だよね。たまには思い知らせてあげないと。
とりっくおあとりーと。
どんなに甘いお菓子よりも君の方が僕にとっての最高のスイーツ。
end