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□ローラーメット
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街中を流れる陽気なメロディに誘われるがままに歩く人ごみの中。ベビーカーを押す私の足取りはとても軽い。隣を歩くは最愛の人。すれ違う全ての犬に吠えられて、すれ違う全ての人間は私たちに笑顔を向ける。本当はお利口なはずの犬は飼い主に叱咤されて小さく唸って去っていく。犬の言い分は正しいのだ、ただそこに言語で伝える術がないばかりに人間はわからない。叱責されるべきは人間なのに。そんなことを考えながら私は相も変わらず陽気に歌いながら歩く。



「人間より犬の方がよっぽど賢いようですね」

「犬は鼻が利きますからね、うちで飼ってる犬ちゃんも」

「こらこら、そんなことを言うとまた犬に噛みつかれますよ」

「骸さんが言わなきゃ平気です。あ、そこのお店入りましょうよ」

「またベビー服ですか、もう三軒目です」

「見るだけ!お願いします、パパ!」

「仰せの通りに、お姫様」

「わーい!骸さん大好き!」

「大きなこどもですね…確かこどもは一人だったはずなんですが」

「なっ、失礼な!」



ベビーカーを押して店内に入ると鳴るベル。全てを祝福するようなその音になんだか笑ってしまう。骸さんを見ると同じように笑っていた。そして目を合わせてもう一度笑う。



「僕が押しますから、好きなだけ見ていいですよ、ママ?」

「わ、いいんですか!じゃあまずあっちから」



うわーこれ可愛い!ハチさんのデザインだ。この赤いのはイチゴかな。これは、パイナッ…いやー子供服ってカラフルで可愛いよなあ。あ、動物シリーズ!骸さん、こっちこっち!うわわ、これすっごい可愛いですね。アヒルちゃんだー。え、骸さん趣味悪いですよ。何ですかそれ、クマさん?だめだめ絶対こっちのアヒルちゃんのが可愛いです。



「新婚さんですか?」

「え、あ、はい…そうなんです」

「お子さんはおいくつですか?」

「4ヶ月です」

「それにしてもお若いパパとママですね」

「私は若いですけど、この人はそうでもないんですよ?」

「おやおや、これはひどい言われようですね」

「店員さんはおいくつですか?結婚は?」

「こら、失礼ですよ」

「いえいえ、構いませんよ。24の悲しいことに独身です」

「十代って言っても全然わかりませんよ」

「ありがとうございます。ふふふ、幸せそうですね」

「店員さんは今、幸せですか?」

「え?ああ、そうですね。幸せです」

「そうですか、それは良かった」



不思議そうな顔した店員はそのまま新しい客のところに行ってしまった。うーん、なんかつまんなくなってきたかも。クフフって聞こえる、こんな声出して笑う人私は一人しか知らないぞー。



「なーんで楽しそうなんですか骸さん」



「君があの店員にいじわるしてるのがおかしくて」



「…いじわるじゃないもん」



「とりあえず出ましょうか」



「はーい」



わかってるなら止めるなり何なりしてくれたらいいじゃないですか。もう、どっちがいじわるなんだか。だって24歳って、この子の72倍も生きてるんですよ。それで幸せじゃないなんて言っていいわけないじゃないですか。もし、あそこでそう答えてたら私は殺してましたよあの女。だってそんなの不公平だ、絶対におかしい、間違ってる。長く生きてるだけがいいことじゃないのはわかります。でも、この子はきっとそんなこと考える暇もなく死んでしまったんですよ。何も着せられることなくベビーカーに入れられたまま放置されて。きっとたくさん泣いたんです。きっとそれでも信じていたんです。信じることの愚かさをまだ知らなかったはずだろうし。最後まで泣いて喚いて死んでしまったに違いないんです。



何が幸せかは私にはわからないけど、何が不幸せかはわかっているつもりです。何もわからないまま死ぬことは悲しくなくても不幸でしょう。



ねえ、骸さん。この子は今日一日楽しかったでしょうか。私は楽しかったです。これは偽善でしょうか。



「わかりません。僕にはどうだっていいことですから」



「そうですよね…」



「でも、この子供はこの街で唯一君に情けをかけられた人間です。悪い想いはしないでしょう」



「それなら、きっと喜んでくれてると思います」



意味がわからないような顔している骸さんには教えてあげられないけど、わかるんだ。だってその言い分なら私だってこの世界で骸さんが情けをかけてくれた存在だから。あなたに救われた人間だから。きっとこの子も少しは幸せだと思ってくれているに違いない。嬉しくて嬉しくて骸さんの頬に背伸びしてキスをする。困ったように微笑む骸さんと見つめ合ってまた笑った。



何もない少し坂を登っただけのところに今日一日私たちのこどもとなったその子を埋めた。夕焼けが全てを焼け尽くすのを骸さんと手をつないで眺めた。本当は少し寂しくて甘えたかったから恋人つなぎにして欲しかったけど、敢えて言わなかった。言えばきっと骸さんはそうしてくれただろうけど、それは少し違う気がしたから。家に帰ったら自慢しよう千種と犬に骸さまとキスをして手をつないで夕日を眺めたんだよって。



だから明日は皆で手をつないで壊した後のあの街が燃えていくのを見ようね。



おやすみなさい。





ローラーメット

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