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□ただ一人を除いて
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人にはそれぞれの思想とか深層心理が詰まった家が心に存在しているそうで

時に不躾に土足で人の家にずかずか入り込んでくる輩がいる

だから人は自分の心の玄関に重たい鍵をかける

誰も入れないように

それはもう好き嫌い、信用してるしてない、の域を超えて只自分一人の為の家




そう、本に書いてあった

確かにそうだと思う

骸様や犬はかけがえない存在で
それでも二人の言葉を簡単に聞き入れて自分の深いところの思想を変えることはできない


だからきっとその家は誰も入れてはいけない
誰も入れないのだと





ぷにぷに

本に全集中を注いでいると誰かに頬をつつかれた

『かっきーおはよー』

顔をあげると最近席替えで隣になったクラスの女子が誰も呼んでないあだ名で俺を呼んで微笑みかけていた

「……」

『何―?低血圧な人?』

少し不満そうな顔をしながらカバンを席に置いてそのまま友達のところへ行ってしまった

ああいう人を不躾な人というんだと思う


名前何だっけ…
思い出せないから取り敢えずあきらめることにした


授業中彼女はほとんど寝ている
何故自宅で眠らないのか不思議な所だけど特に知りたいわけではない





この先俺の役には立たないであろう授業を終え校門で遅刻して説教をされに行った犬と骸様を待っていると不意に弾力のある何かが首筋に当たったかと思えば足元に液体が広がった

濡れてしまった靴とズボンの裾に目をやると自然と溜息が零れた

どうせ犬だろうと思い後ろを振り返るとそこにいたのは隣の席の…やっぱり名前が出てこない


事故か何かだろうと思い無視をしてさっきの体勢に戻るとまた同じように何かが飛んできて更に水浸しになったズボン

「…何やってんの」

声をかけると悪戯が成功した時の子供の顔がそこにあった

『だって暇そうな顔してたからー』

自分が悪いことをしたとは微塵も思っていないらしい
馬鹿…?

「暇じゃないんで」

『かっきーもやるー?水風船』

母国語さえわからないのだろうか

さっきの弾力は水風船だったのか…
注意事項に他人に当てて遊ぶなって書いてあるだろう…

「…めんどい」

『……バーカ』

するとまた幾つか水風船が飛んできた

冷たい…

「他の人とやってよ」

『かっきーがいいんだもん』

こっちが迷惑してるのをわかっていないのか頬を膨らませて駄々をこねる

『昨日ねー駄菓子屋さんでみつけたんだー、懐かしくない?』

「……」

『小さい時よく遊ばなかったー?』

水風船を投げながら聞いてきた

「ない…遊んだこと」

それどころか幼少期に楽しい思い出なんてあっただろうか、ない…な

『へぇー。じゃあ今遊べばいいじゃん!経験はあった方がいいんだよー』

それは別な時に使う言葉だ、と思いながら同時になんて単純な奴なんだと思った

この目の前の女は昔したことがないなら今したらいいと言う何とも直線的で当たり前のことを言ったから

きっと彼女は人が死んだ?じゃあ生き返らせればいいじゃない、といとも簡単に言ってのけるだろう





「水風船」

『んー?』

「付き合ってあげてもいいよ」

『やった!待って!今いっぱい作ってくるから!』

そう言って水道のところでカラフルな塊をたくさん作ってきた

持ってくる途中で3個か4個落としていた

『よし!これでオッケーだね!…でもアタシ手塞がってて投げられないじゃん!』

こうなることを予測していた俺は

「お返し」

そう言って黄緑の風船を一つとって彼女の額にぶつけた

『はうっ!女の子に何てことを!』

「…知らない」

どれ程満タンに水を入れてきたのかさっき人体に当たっても壊れなかった水風船が今度は簡単に壊れた


もちろん彼女の顔はびしょ濡れ
何とか片手を空けようと努力するも腕の間から水風船を落とし自分の靴を濡らした


『卑怯だぞかっきぃー!』

「卑怯で結構」


それから彼女は片手が空くまで俺に水風船で遊ばれていた

片手が空いても彼女が投げた水風船はすべて取られてしまうから投げる度に濡れていく彼女

そして最後の一つになった時

『…はぁ…ちきしょー…かっきー全然変わってない…じゃん』

息を切らしながら睨みつけてくる

「…馬鹿」

『あ、今キレたよ?私キレちゃったよ?』

そんなことを言われても水風船を持っているのは俺
これじゃあ只の負け犬の遠吠え



最後か…とふと投げる手が止まった

すると

『かっきー覚悟ぉぉ!』

そういってこっちに走ってきて俺を押し倒してそっと水風船を手から抜き取られた
膝を立てて肘を付いた状態で仰向けになっている俺に馬乗りになっている彼女

『えい!』

声と共にピンで刺された風船は顔の真横で弾けて帽子と髪を濡らした
もちろん彼女も濡れている

『へっへ〜勝った』

立ち上がってVサインをする彼女に微かに笑みを零した

『かっきー笑えるんだ!』

人をロボットだとでも思っていたのだろうか
失礼な話だ

制服についた砂を叩きながら起き上がり

「…やられた」

と呟いた

まさか捨て身で来るなんて思わなかった

『かっきー笑った方がいいって!そっちの方が可愛いもん!』

「めんどい…」

『ははっ、何それ』


よくわからないけどそれでも確かに無駄な時間ではなかったと思えた


不思議な程心が温められた気がした

それはごく自然にとても柔らかく



彼女は『あ、ご飯つくらなきゃ!』とびしょびしょの俺を置いてさっさと帰ってしまった




それからやっと来た犬に濡れていることを馬鹿にされたので水を飛ばしてやった




明日彼女に名前を聞こう
居眠りの理由も
それから水風船の売ってる駄菓子屋も






俺の心にある家には誰も入れない

窓から射し込む温かな陽射しただ一つを除いて







END




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