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□貴方の前では星さえ霞む
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外灯がほとんど皆無の私たちのアジトの周りで、星が連なって光っているような夜、そんな夜は決まって寝付けない。今まで殺した奴らが星になってこっちを睨みつけている気がするから。私のやわな強さなんて星でさえ壊せてしまう。そんな時は熱いシャワーを浴びるに限る。そして、いつもより強いお酒を飲んで何も考えないようにする。

気に入っていたブーツを血で汚したことに未だショックを受けながら、人間に血液なんてなかったらいいのに、なんて一人口走っていた。出かける時に「さっさとしろぉ」なんて言って焦らせたスクアーロも悪いんだよね、本当に。そうじゃなかったら名前も知らない男に買ってもらった靴を履いて悠々と人殺し…悠々と人殺しっていうのも変だけど。

私は人を殺すことが嫌い。血を見ることが嫌い。ベルみたいに楽しめるわけないし、スクアーロみたいに自分の為に人を犠牲にしてるなんて格好よく言い切れない、金も無理。私は何の為に人を殺してるんだろう。こんなことを考えるといつもボスの顔が頭に浮かぶ。私があの人に魅かれるのはあの人が何の理由もなく人を殺せるから、そしてそれに何の迷いもないから。あの人はただ殺すんだ。悲しくも楽しくもない。まるで殺された側には今までの人生、何も意味がなかったかのように感じるまでに。
その姿を見て、私はこの人に殺されたい、殺して欲しい、私の生きてきた意味を全て奪って欲しいと強く願った。


部屋に戻る途中、大部屋の電気がついていることに、真っ暗な廊下へ洩れているドアの隙間の明りで気付いた。誰だろう。マーモンではないだろうな。さっき私のベッドで寝てて邪魔だから揺らしたのに鼻ちょうちん出して寝てたし。んー、誰だろう、消し忘れかな。
ドアの前で止まって咳払いを一つした後、ドアを叩いた。

「……」

返事は無くて、やっぱり消し忘れみたい。ギィと古臭い音を立ててドアを開けると、広い部屋の一番奥の椅子に思いもよらない人がいた。


「ボス…」

「……」

こちらに目もくれずに、机に肘を置きそこに顔をのせたまま、一心に机上の書類を見ているボスは一枚の絵画みたいに綺麗だった。そこだけ別世界で、私はそこにはいけない気がした。これで最後だから、と履いた血だらけのブーツは歩くたびに床を高い音で叩いていた。

なーんか変だ。いつもは近づくとあの何も寄せ付けないような目で睨んでくるのに。

「ぼーすー…」

「……」

「スクアーロが髪切ったよー…嘘だけど…」

「…」

なんとなく途中で気付いてはいたけど、ボス、寝てる。ボスが目を瞑っているのを見るのって多分初めて。睫毛長いなー、なんて考えていたら吸い込まれるように私はボスに近づいていった。血の匂いでボスが目を覚まさないようにブーツは脱ぎ捨てた。
貴方はきっと私の思いに気付いていない、いや気付くはずない。だって貴方は他人の気持ちなんて考えてない、考える必要もないから。

あまりに綺麗な寝顔に私の欲情と悪戯心が昂ぶった。誰も見てないし…ばれなければいい、よね。机に手を乗せて前のめりになって近づいた。どうか起きないで、と願いながら目を瞑って顔を傾け、そっと触れる程度に唇を合わせた。近づく度に大きくなっていた鼓動は触れた瞬間に停止して静かになった気がした。余韻さえ味わう暇は無いのだと言い聞かせて目をゆっくり開けるとさっきとは違い、目を開けて私を貫くような視線で睨むボスがいた。

「何をしている」

「ボス…!」

「何をしている、と言っている」

「…」

謝罪をさせる気も言い訳をさせる気もないくせに、こうやって圧迫するように質問するんだこの人は。

「言えねぇのか」

「ボス…許して…!」

「うるせぇよ」

立ち上がったボスは私を遥かに超えて大きくて、そのまま力任せに机に叩きつけられてふら付く体を立たせて支える為に机に体重をかけた。撲殺なんて嫌だ。私はあの炎に消されたいんだから。

「寝込みを襲うなんていい度胸してんじゃねぇか」

「…っ」

「そんなに俺とやりてぇか、ああ?」

手首を強く掴まれて、机の上に上半身を寝かされた状態にされた。紙が床にゆらめきながら落下したのがわかった。真上にある顔は逆光でよく見えなくて、でもなんだかボスは楽しそうだった。勿論純粋な意味じゃない。たぶん泣きそうな私の声と顔を見て楽しんでいる。悲しいことに体は密着しているボスに反応して熱くなっている。だから血液なんていらないんだ。

「ごめ…っ…なさい」

「やりてぇのかと聞いてるんだ」

「もう、しません、から…」
「……」

顔を背けて泣いていた。何で泣くのかもわからず泣いていた。泣く意味がわからないことにも泣いていた。奥歯を噛みしめるように堪えると手首が開放されて目の前が真っ黒になった。信じられないことにボスの上着が私にかけられていた。

「…俺は泣いてる女を抱く趣味はねぇ」

「ボス…」

「早く失せろ、目障りだ」

言葉はこんなに冷たいのに、ひどく胸が温まった。どうして、こうやって傷つけておいて微かな優しさを見せたりするんだろう。駄目だ、好きすぎる。

「ボス、私のこと殺してもいいから聞いて」

「……」

「好き。愛してる。」

鼻で笑われたのがわかったけど、私は満足だった。この上着が温かかったことが血液の巡りだったとしたらほんの少し血液を愛しく思えた。でも、この温かさが愛だったらいいなぁ、なんてほんの少し欲深いことも考えた。




貴方の前では星さえ霞む


END

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