俳優夢

□▼Prede termined
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「おたくのとこの娘さんを、とてもお気にめしている御人がいるのよ…ご存知?」

鉛色の雲が立ち込めるロンドンの街。
その陰気な街の、とある香水店の一角に、美しい壮年の婦人達が立ち話をしている。


「まぁ、うちの娘を?」


ぱりっとした上等な朱い生地のドレスを着た婦人が、絹の手袋を嵌めた手を外しながら言う。
若い香水調合師の男に、キラキラした小瓶から数滴香水の液体を手首に擦り付けて貰っているところだ。


「えぇ、そうなの。貴女のところの娘さんは、確か…」

「あの子は末娘ですから、もう16歳になりますわ」


「まぁ、もうそんなに大きくなられたの」


芳しい芳香に、婦人二人はうっとりとした面持ちで言った。


「…それで、うちの子をお気にめしていらっしゃるとゆうのは一体?」

数本、新作の香水と気に入ったものを幾つか注文しながら言うと、もう一人の婦人は含み笑むようにニヤつく。

「とある、とっても身分の高いお方ですのよ」


「まあ!それは一体…」


香水をハンカチに染み込ませ、ハタハタと目前で靡かせる香水調合師に自分も一つ貰うと言い付け、娘を気に入っているとゆう男性の事を聞こうと婦人は身を乗り出す。


「何でも、判事をなさっている方とか…」

「まぁ、判事?」


「えぇ。それに、一等地にお屋敷まで構えてらっしゃるお金持ちらしいんですの」

二人は、豪華な箱に包んで貰った香水を手に店を出た。


「だけど、判事をなさっていて、そんなに大きなお屋敷をお持ちならお歳も召しになってるんじゃなくて…?」

「えぇ。まぁそうなんだけれど…」

二人は、待たせていた馬車に乗り込む。


「彼は今まで仕事仕事で、お嫁さんを貰う機会に恵まれなかったんですわ、きっと」

「まぁ、ねえ…。判事とゆうお仕事柄、毎日が目まぐるしいくらい忙しいんでしょうからね」

「そうね…、近頃は不届き者が蔓延っていますもの、裁判所はいつも息つく暇もないとか」


二人は、ふぅ…と重いため息。
馬車の中は、先程つけた香水の香りがむせ返るほど満ち満ちていた。


「そこで、貴女のとこの娘さんを、あのお方がお気に召してるらしいの」

「でも、うちの娘をよくご存知だこと…、あの子は内弁慶で、ただでさえ五人兄妹の一番末で目立たない子なのに」


その言葉に、友達の婦人が笑った。

「何を言うの。貴女の娘さんは、巷では見紛う程の美女だって評判なのよ」

「ええっ?」


「娘さんの姿を偶然にも見かけた判事が、一目惚れしたとかゆう話よ」


それに、娘の母親は微かに眉を寄せながら馬車の小窓から目線を落とし、困惑した顔をする。

社会的地位や、財産をそんなに持った男に娘が気に入られている。
親にとってすれば、娘をそんなところに嫁がせるのが一番の幸せのはずだ。


だが、彼女は不安だった。

なんだか、嫌な予感がするのだ。
根拠のない、くだらない予感なのだろうと人は笑うだろう。
だが、何故か胸の中が曇ったような思いに駆られるのだ。


「…あの子はまだ子供ですし、見た目ばかりが美しくても仕方がありませんわ…」

「何を言っているの!あんなに美しかったら中身がまだ幼くてもなんとでもなるわ」

母親の言葉に、婦人は高らかに笑う。


「第一、そんなに可愛らしい無垢な心なら、判事が優しい手ほどきで大人の女に成熟させてくれるでしょうよ」

その言葉に、娘の身の危険を感じた母親は不安に表情を曇らせたのだった。




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