2009〜SHORT
□high risk high return
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吸っていた煙草を落としてブーツの踵ですり潰した。
ふと視線を落とせば、足元はタバコの吸殻だらけになっていた。
近くのバス停のベンチに腰掛けているばあさんが、非難するように私を睨み付けている。
ちっと舌を打って、仕方なく足元の吸殻を拾い上げる作業に取り掛かったが、携帯灰皿を置いてきたことを思い出した。
仕方なく、先ほど駅前でもらった銀行のポケットティッシュを取り出す。
一枚ティッシュを広げてその上に吸殻を乗せていると、影が私に覆いかぶさっていることに気づいた。
アスファルトに伸びた影を追って視線を上げると、いつの間にそこにいたのか、待っていた人物が煙草を咥えて私を見下ろしていた。
「遅いですよ。こんな昼間に呼びつけて。普段なら寝てる時間なのに」
「悪い」
「何時間待たせるつもり?」
「そんなにも待ったか?」
「三十分」
「一時間待たなくてよかったな」
この男は。あー言えばこう言う。
唾でも吐きかけてやろうかと思いながら、全ての吸殻をティッシュの上に乗せた私は、それをさらにもう一枚のティッシュでくるんで立ち上がった。
そして、嫌がらせのつもりで男に差し出すと、男は眉を上げて仕方なく受け取って、乱暴に上着のポケットに突っ込んだ。
「灰皿くらい持って来い」
「忘れてきたんだから仕方ないでしょ」
投げやりな言い方で男をにらみ上げると、男はうっすらと笑顔を浮かべた。
思わず惚れ惚れしそうな笑顔に、舌打ちをしたくなった。
男の名前は土方。
私の金づるだ。
「それよりも今日は暑いな。一体いつになったら秋になるんだよ」
「私の知ったことじゃないね」
「だろうな」
土方は上着を脱いでそれを肘にかけて歩き出す。私もその後を追って歩き出した。
「それよりも、お前のところは繁盛してんのか?」
「ぼちぼちね」
素っ気無い返事をして、私は唐突に土方の脇腹にそれを突き出した。
土方はそちらに目もくれずにそれを受け取ると、そのまま尻ポケットに突っ込んだ。
「今日この後振り込んでおく。連絡は?」
「いらない。領収証は?」
「いらねーよ」
土方はワイシャツをぱたぱた言わせながら暑そうに汗をたらしている。
私はそれを少し後ろから追いかけながら眺めていた。
この男、ルックスは本当にいい。それがなんだか腹が立つ。
「あの辺は最近物騒だったろ。難しかったか?」
「別に。今の世の中物騒だとか言うけど、それって何年か前も皆言ってた」
「まあ、そうかもしれねーな」
「ま、昔は戦争中で物騒だったし、今はわけのわからない犯罪ばっかりで物騒。比べると質が違うのかもしれないけどね」
「まあな」
「戦争中は情報戦だなんだで私たちも重宝されたし、難易度の高い任務にやる気も出たものよ。だけど今は違う。ぶっくり太ったのろまを殺して来いだの金を取り戻せだの、かわいい娘の晴れ姿を写真に撮って来いだの。そんな唾吐き捨てたくなるようなクソみたいな任務ばかり」
「愚痴か?」
「そ。だから、あんたって結構貴重なのよ」
「貴重?」
「今時、こんな命かけてやるような仕事くれる奴はね」
「それは褒めてんのか? それともけなしてんのか?」
「どーでもいいわよ」
吐き捨ててポケットをまさぐる。煙草はそういえば切らしたんだった。
煙草がないとわかるなり、余計に吸いたくなってきた。
こんな昼間っから呼び出されてただでさえイライラしてるっていうのに。
紫外線だのメラニンだの気にしたことはないが、これだけ太陽がぎらぎらしていると、さすがの私も気になってくる。
ため息を吐くと、少し前を歩いていた土方が立ち止まって、私に煙草を一本差し出した。
立ち止まってそれを遠慮なく受け取った。
口に咥えると、すかさず土方がライターを取り出して口元へと持ってきてくれた。
火をつけてもらって煙を吸い込むと、満足感が一気に体中に広がって、微笑みながら目を閉じた。
「その貴重な依頼人から、もうひとつ仕事をやるよ」
目を開くと、思ったよりも近くに土方の顔があった。
何を考えているのかわからないポーカーフェイスをまじまじと眺めて、無言でくいっと顎を逸らす。
すると、土方は小声で言った。
「局中法度に背いた隊士がいる。今宵屯所から夜逃げする算段だ」
それみろ。
やっぱりこの男は貴重な人材で、それでいて曲者だ。
「隊士には気付かれずに確実にしとめてくれ」
そういった男の顔をまっすぐ見返して、私は完璧な笑顔で微笑んだ。
「御意」
欲しいのは金よりも、ハイリスク。
100913/土方と始末屋