2009〜SHORT

□熱望
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まとわりつくような暑さの中、私服姿で歩道に立つ。
耳にしたイヤホンからは、つまらない報告が流れている。


等間隔に立つ同じ交通課の警察官は、皆帽子をかぶったり、首にタオルを巻いたりして少しでも暑さを紛らわそうとしている。

だが、強烈な太陽の日差しはアスファルトを反射して下からも攻撃をしてきて、どうあっても逃げることはできない。


どれだけ日焼け止めを塗っても、汗で流れてしまえば焼けてしまう。

ただでさえ、パトカーの移動でがんがんの日差しを浴びてすっかり日焼けをしているというのに、これでまたむき出しの腕や顔、首は焼けてしまう。

交通課に配属された時点でそれは諦めていたが、これももうすぐすれば終わりだ。



暑さとただ立っているだけの時間にうんざりして、近くの同僚を見やる。
彼は汗をだらだらと流しながら、ぼうっと交差点を見つめていた。

周囲のあちこちに立つ捜査員に目をやっても、誰もが暑さでうんざりしているようだった。


今日、こうして交通課の捜査員が借り出されたのは、海外のお偉いさんの来日による警備のためだった。

後三十分もすれば、お偉いさんの乗った車が目の前の道路を通過し、あと一時間もすれば警備も終わる。


もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせながら、顔に浮いた汗をぬぐった時だった。


「この暑いのに大変だな」


どこか他人事のような台詞が背後から聞こえてきて振り返る。

すると、そこには暑そうにYシャツをぱたぱたと仰ぐ土方十四郎の姿があった。


「土方さん。こんなところでどうしたんですか?」


眉を上げて、足元から頭のてっぺんまで眺めると、彼は額の汗をぬぐいながら、聞き込みと短く返してきた。


「偶然近くに用事があってな。そういえば今日は厳重警備だかなんだかがあることを思い出して、お前もいるかと思って通ってみたんだよ」

「なるほど。でも、よくこんな大勢の警察官の中から私を見つけましたね」

「偶然だな」


言った直後、彼の首筋から汗が流れ落ちた。
それは鎖骨へと溜まって、しばらくして胸の方へとしたり落ちる。

なんとなく、目を逸らした。


この人は、たまにこういう無意識の色気を垂れ流している。

きっとわざとではないのだろうが、だからこそこちらは困る。
そんな風に、私が土方さんのことを意識していると勘違いされるのは嫌だった。

しかし、実際にそういう目で見ていて、勘違いではないので、言い訳のしようはないのだが。


「いよいよ来月だな」


そんなことを考えていると、土方さんが言った。
私は顔を上げて、どうにか頭を切り替えて、まじめな顔つきを作る。


「そうですね。あっという間でしたね」

「異動の準備はできてるか?」

「もうほとんど。引継ぎも終わってますし、後は身一つです」


私は来月、交通課から刑事課へと異動することになっていた。
三ヶ月前に、土方さんに引き抜かれたのだ。


「刑事課、きついぞ」

「自分から誘っておいて、脅しですか?」

「すぐに辞められたりでもしたら、困るからな」

「きついのは承知していますよ。それに私は元々交通課を希望してなどいませんでしたから、今回の異動は嬉しいんです」

「それじゃ、どこ希望してたんだよ?」

「生活安全部です」


言って、土方さんの顔を見上げると、彼は驚いたような顔で私を見下ろしていた。


「意外だな」

「そうですか? でも、結局はなぜか交通課にまわされてしまったんですけどね。交通課って意外と競争率高いんですけどね。男女比率か何かを気にしてなのか、いまだによくわかりませんけど、以前松平さんに話を聞いてみたら、ミニスカが似合いそうだからじゃないかって言われたことがありますよ」

「あのじじい、ただの変態じゃねーか」

「でも、面白い人ですよ」


くすくすと笑いながら言った後に、無線が入った。

どうやら、送迎車がもうすぐこの道の前を通過するようだ。


周囲の捜査員が、わずかに緊張する。

何事も起きることはないだろうが、一応お偉いさんの目がこちらに向くかもしれないので、それなりにぴしっと立っていなければいけない。


「もうすぐか」

「はい」

「それじゃあ、俺はそろそろ行くかな」

「はい。お疲れ様です」


そう言って、自然と敬礼した時、土方さんは苦笑した。

それから、思い出したように、ああ、と呟いた。


「お前、刑事課に来たら、とりあえずはしばらくは俺の組だからな。二人で動く時は、俺とだ。覚悟しておけよ」

「は、はい」


緊張した面持ちで返すと、土方さんは笑って手を振った。

刑事課がとてもきついのはわかっているし覚悟もしているが、そう言われるとどんなしごかれ方をするのか、少しだけ不安が過ぎった。

しかし、そんな私とは反対に、彼は目を大きくした後、破顔した。


「ばか。そういう意味じゃねーよ」


そう言って笑った彼を見て、私は一瞬きょとんとした後、卒倒しそうになった。


じゃあ、どういう意味だ。


見透かすような視線を送る彼から、視線を逸らして心中で叫ぶと、赤くなった顔を隠すようにハンカチで汗をぬぐった。


何もかもがばれている。


ああ、異動が待ち遠しいです。





110807

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