2009〜SHORT

□なぐさめてください
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疲れた体を引きずるようにして家に帰った。
玄関の扉を開けると、転がった茶色の革靴が視界に入った。ひっくり返って見えた靴底は磨り減っている。


ああ、なんだ。来てるのか。

そう思うだけで、ただいまの声が出なかった。


眠くて重くなったまぶたは半分までしか開かない。時計で時間を確認するのも面倒だ。いくら明日が休みだからって、去っていく終電をホームで追いかけるくらいには遅い時間。
昼休憩すら出来ないほど今日は忙しくてずっと働き通しだった。

だから、今日は彼にかまっている余裕なんて本当はない。


いつも彼が来ると、冷蔵庫の残り物で簡単に夜食を作ってそれをつまみに酒を酌み交わしていた。
しかし、今日の私にはそんな元気はほとんどない。かまうのが面倒なほど、ひどく疲れていた。

くたびれたようにしわの寄った皮のかばんを肩から下ろして、それを引きずって短い廊下を歩いた。そして、部屋の扉を開けた。


ベッドのスタンドライトの弱い光だけが部屋を灯していた。

言葉もなく部屋にかばんを放り込む。ばささとかばんの中の書類が音を立てて床に倒れこんだ。
それに習って自分も小さなソファに膝から崩れ落ちるように座り込んだ。


「おかえり」


たった四文字の言葉が薄暗い部屋に響く。
その言葉は私の鼓膜を静かに震わせて、すとんと心の中に落ちた。やがてじわじわと体の奥から何か暖かいものが湧き上がってくる。

垂れた首を持ち上げて、ベッドに横たわる恋人を見た。
ばっちりと視線が混じり合った途端、今日あった辛いことや怒りを思い出した。その直後、忙しくてずっと会えずに募った寂しさがそれらを一気に吹き飛ばしてすぐに忘れた。


「おつかれさん」


疲れた目で彼を見ていると、じわじわと涙がこみ上げてきた。たまらずに手招きをした。
すると、おとなしくそれに従って彼がソファへとやってきて私の隣に腰を下ろした。

そして、私の頭を胸へと引き寄せた。
やさしく髪の毛の一本一本に触れるようになでる彼の手が心地よくて涙が出てきた。


「坂田さん。今日、私すっごくがんばったの」

「そうか」

「それで、疲れた」

「おつかれさん」

「ねえ」

「ああ?」

「なぐさめて下さい」

「ああ」


柔らかく私の頭を抱え込んでから、そっと私の体を引き離して彼はひざの上に私を乗せると、後ろから上着を脱がせた。
そして、Yシャツのボタンを下からゆっくりと外しながら、私にこっちに向くように言う。それに従って首を回して振り返ると、口付けられた。

柔らかくまるで弾力を確かめるようにふわふわとキスをした。そうしている間に、ブラジャーを剥ぎ取られてやわやわと後ろから胸を触られた。

声が漏れる度に耳たぶやうなじに口付けてくる坂田さんはどこまでも優しい。
その優しさが私をゆっくりと癒してくれる。


「ねえ」

「ん?」

「夜食は作らなくてもいいよね?」


その質問に、彼は意地悪く笑って私の下着を脱がせた。


なぐさめてくれるのなら、疲れてなくなった余裕をあなたが私にちょうだい。

そして、夜が明けるまでに私を癒してね。








20120110

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