2009〜SHORT
□不機嫌の理由
1ページ/1ページ
それは見回り中のことだった。
パトカーで町中を走りながら、歩道を歩く人を何気なく見ていると、ふらふらと道路を歩いている不審者を見つけた。
回り込んでみると、目が虚ろで独り言をぶつぶつ言っているようだった。
ただの酔っ払いかもしれないが、もしかしたら何か薬物をやっているのかもしれない。
すぐに道路の路肩にパトカーを停めて不審者の下へと走って職務質問を行った。
どうやらただの酔っ払いのようで、抵抗して暴れるわけでもなく、あっさりと家にまっすぐ帰ると言って、素直に従ってくれた。
職務質問を始めてから10分くらいだろうか。
足元をふらつかせながら帰っていく男の背中を見送ってパトカーへと戻ってくると、助手席の窓を半分開けたままにしたせいか、すごいことになっていた。
「あーあーすごいこと」
私は運転手に回りこんで鍵を開けて中に入ると、助手席に放り込まれたチョコレートが入っているであろうラッピングされた大量の箱を見つめて苦笑した。
すっかり忘れていたが、今日は2月14日。バレンタインデーだった。
見回り中ずっと尾行していたのか偶然なのかはわからないが、見回り中の副長を見つけた女の子達が、パトカーに投げ入れたのだろう。
きっと、直接渡しても受け取ってくれないだろうからと思ってやったのだ。
チョコレートの山をじっと見つめていると、少し乱暴にドアを開けた副長が、どけろ、と短く言い放った。
「どけろって、私にじゃなくて副長のチョコですよ。これ」
「どうでもいいからどけろよ。いつまでも座れねーだろうが」
だったら自分でやれよと内心かちんと来たが、言われたとおりチョコレートの山を後部座席に移した。
すると、うんざりしたような顔をした副長が乗り込んできた。さっさと出せと不機嫌そうな声を出して、シートベルトをつける。
ウィンカーを出して走り出すと、副長はちらりと後部座席を振り返った。
「そういやバレンタインだったな」
「そうでしたね。もう今日が何日で何曜日なのか、私にはさっぱりです。もうずっと休暇もらってないから、もう曜日感覚も日付感覚も何もないです」
「おい、そりゃあ嫌味か?」
「あら、別にそういうわけじゃないです。私はただ事実を述べているだけです」
「それが嫌味だっつーんだよ」
舌打ちをして、タバコを取り出した副長を横目に、運転手側のウィンドウを少しだけ下げた。
「こんなもんくれるんだったら、タバコくれたほうがよっぽど嬉しいよ」
「……それ、自慢ですか?」
「ああ?どこが自慢だよ。事実を述べているだけだよ」
「あっそうですか」
「お前、さっきから態度がとげとげしいな」
「そうですか?もう疲れて疲れて、疲労からくるイライラだと思います」
助手席から射るような視線を感じたが、無視していると、副長が私に向かった煙を吹き付けてきた。
げほげほと咳をしながら、抗議するように叫んだ。
「ちょ!何するんですか!これで私の寿命が10年は縮みましたよ!」
「てめえがむかつく態度だからだろ」
私は一瞬相手があの副長だということを忘れて、殴りかかろうかと思った。
しかし、副長がまるで視線だけで私を殺そうとしているかのような目で見てくるものだから、怒りを腹の中に押さえ込むしかなかった。
しばらくの間、長い沈黙が流れた。それはとても気まずい沈黙であった。
お互いがこの上ない不機嫌さを隠そうともせずに、押し黙っている。まるで冷戦状態だ。
そんな沈黙を破ったのは、副長だった。
長いため息を煙と共に吐き出した後、ふいに言った。
「で、お前からはチョコねーのかよ」
「……あると思ってんですか?」
「なんだかんだで毎年くれてたろ」
「……ありますよ」
「じゃあさっさと出せよ」
その言いようにまたむっとしたが、私は言った。
「自分で探して見つけ出してください」
「はあ?どこにあるか見当もつかねーよ」
「でしょうね」
私が冷たく言い放つと、副長はまたあの殺すような視線を放ってきた。
私は面倒くさくなって、バックミラーを見ながら言った。
「後部座席のチョコの山の中にありますから、その中から見つけ出してください」
「……なるほど」
「たばこじゃなくってすみませんねえ」
「……すみませんでした」
来年からはタバコにしますよ、と私は嫌味を込めて言ってやった。
20130210 不機嫌な理由