2009〜SHORT

□サテライト
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走れば走るほど、想いが溢れてくる。

それなのに、そんな私の気持ちを打ち砕くように、靴の先が段差にひっかかった。右の靴がポーンと飛んでアスファルトの上に転がる。体勢を崩して前のめりにつんのめった私も、アスファルトの上に転がった。


そこで、全てがストップしてしまった。
転がった靴も私の気持ちも。


電車の時間は七時。
うずくまりながらもなんとか腕時計を見た。時計の針は七時調度を示している。ぐったりとアスファルトの上に額を打って、荒い呼吸を繰り返した。

転んだ時に打った膝や地面についた手がすりむけているようだった。だが、そんなこと今の私にはどうでもよかった。
体の痛みよりも何よりも、気持ちのほうがずっと打ち砕かれたように痛い。


もう間に合わない。間に合わなかった。


離れたくないと最後まで駄々をこねた。だけど、仕方ないと突き放された。
それでもどうしても離れたくなくて、夜遅くまでしつこく電話をしていた。
結局、東京へと出て行ってしまう彼がもう寝るといって電話を切った。私は中々眠れなかった。


離れたくない。離れるのが怖い。
彼が東京に行ってしまったら、きっともう私になんか興味がなくなってしまうんじゃないかという恐れがあった。

東京の大学へと行って、都会の洗練された女の子と知り合いになって、そうして付き合うようになる。そして、田舎の私なんかお払い箱。そこまで、簡単に想像できてしまった。

離れたくない。彼を東京へと行かせたくない理由は他にもあった。
私は実家の仕事を手伝わなければいけなかった。だから東京へ出て大学へ進学することもできない。

きっと私は彼が羨ましかったのだ。自由に東京へと出ていく彼に嫉妬していたのだ。
だから、離れたくないと泣いて駄々をこねたのだ。
しかし、駄々をこねたところで何かが変わるわけがない。

もう話は終わった。彼は今朝の列車で東京へ行く。

時間は聞かされていなかった。見送りにこなくていいと彼が言ったからだ。
うっとおしいから。そう言われた。それが全てだった。

電車の時刻は、今朝彼の実家に電話を入れて無理やり聞いた。そして、もう間に合わないと知りながら家を飛び出してきた。


もう終わったんだ。


うずくまったまま、溢れた気持ちを涙に変えて泣いていた。
泣いている自分はみっともなかった。
彼氏に離れたくないと泣いてすがりつつも嫉妬して、男に依存している。

そんな自分の弱さと惨めさは承知している。こんな女は彼からしたらさぞうっとおしかっただろう。それでも、べたべたと付きまとう私を相手にしてくれていた彼に、むしろ感謝するべきなのかもしれない。


今までありがとう。
心の中で呟いた時、誰かの大きなため息が聞こえた。


「何やってんですかい。このバカ女」


はっと顔を上げると、呆れ顔の彼がそこにいた。


「総悟……電車は?」


膝を折った彼が、私の両手を取ってとりあえず座らせた。そして、てのひらにできた擦り傷を眺めながら、言った。


「バーカ。午前七時じゃなくて、午後七時だ」

「え」

「早とちりが。だから知らせたくなかったんでぇ」


ぼうっと総悟の顔を見上げた私に、総悟は大げさなため息を吐いた。


「お前、ちっとは俺を信用しろよ。そんで、大人しく待ってろ。俺は何も東京に女作りにいくわけじゃねーんだから」

「で、でも」


総悟眉根を寄せた。不満げな顔に怯んでいると、呆れたようにため息をもう一つ吐いて、そして私の鼻を乱暴に摘んだ。そして、ぐいと引っ張って、呼吸を止めるように口付けた。

そのまま何度か角度を変えてキスをしたが、その間も総悟は鼻をつまんだまま。このままで窒息死すると思った頃、ようやく総悟は手を離した。

そして、荒い呼吸を繰り替えす私に、耳打ちした。


「こんなにも面白ぇ女、他にいねーから安心しな。お前が大人しく待ってたら、帰ってきてちゃんと嫁にもらってやらぁ。だから、その時まで、精々俺の心配してるんだな」


そう言って、彼は微笑んだ。





120205

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