2009〜SHORT
□情けない夜
1ページ/1ページ
本当は、聞きたいことがたくさんある。
――だけど、聞けない。
あの混乱の中、どうしていたの?
この数年間、どうしていたの?
あの日の偶然の再会に、私は腰が抜けるほど驚いた。
だけど、それ以上に、私は……。
「いってらっしゃい」
早朝の配達で、最近は7時に家を出ることが多くなっていて、めっきり銀時や神楽ちゃんとは顔を合わせない日々が続いていた。
それでも銀時は、どんなに私が朝早くても、私を見送るために起きてきて、玄関でいってらっしゃいと笑顔を向けてくれる。
そんな銀時の優しさが嬉しい。
それなのに、私は未だに江戸に帰ってきた理由を、言えないでいる。
それを口に出していいものなのか、まだ迷っていた。
早朝出勤だったから、今日は早く上がってもいいとの店長のお言葉に甘えて、私はいつもよりずっと早い、午後七時に仕事を終え、家路を急いでいた。
手には、店からもらった日本酒と、隣のケーキ屋で買ったケーキワンホールに、向かい側で買った焼き鳥。
神楽ちゃんや新八くん、銀時の嬉しがる顔を思い浮かべると、自然と笑顔が零れた。
正直、まだ彼らとは打ち解けていない。
一緒に暮らして、同じ部屋に寝ている神楽ちゃんとは、会えば話すが、その会う時間が極端に少ないために、ゆっくりと話すことも出来ていない。
新八くんとなんて、二度すれ違ったくらいなものだ。
それでも、夜遅くまで起きていてくれる銀時からは、ふたりの話をよく聞いているから、ふたりがどれだけパワフルで信頼できる仲間なのかは、分かっているつもりだった。
もっと、私も仲良くなれたら、と思う。
江戸に戻ってきて、これからもこの街で暮らすのだから。
早足で万事屋に戻ってきた私は、意気揚々と万事屋の階段を上がろうとして、ふと階上から人の気配がして、自然と歩を止めた。
「今日はすき焼き。久しぶりですね」
「あら新ちゃん、この間、私が作ってあげたじゃないの」
「姉上、あれはダークマ……いえ、あ、そういえば鍋、やりましたねえッ!ははは!」
「おい、新八、余計なこと言うんじゃねーぞ。それから妙、お前は今日は食うだけでいいから、手伝うとか本当、いらないから」
「そうそう、アネゴはゆっくりしてればいいヨ!」
「あらやだ、皆私にそんなにも気を使わなくたっていいのよ。私も腕によりをかけるわ」
「いや、本当、お嬢さんはじっとしてて!ほら、包丁とかで怪我しちゃったら、大変だから!な!新八!」
「そうですよ姉上!嫁入り前の体に傷なんてつけられませんからね!」
「そうアル!」
「あらあ、そう?そう言うなら私、お言葉に甘えようかしら。ねえ、銀さん」
「あーあーそうしろそうしろ」
楽しそうな会話は、階下まで丸聞こえだった。やがて、ぴしゃりと扉が閉まる音がして、会話は聞こえなくなった。
私は、手にしたケーキの箱と、焼き鳥の入ったビニール袋をぶら下げたまま、階下から階段をぼうっと見上げていた。
なんとなく、タイミングを逃してしまった。
これから、こんな焼き鳥の入った袋とケーキを持って上がって、わいわいと楽しくやっているあの輪の中に入っていく自分を想像すると、なんだか間抜けに思えてきた。
どうしよう。
張り切っていた気持ちがどんどんとしぼんでいく。
気付けば、私はくるりと階段に背中を向けて、さっさと万事屋を後にしていた。
早足で歌舞伎町を歩きながら、行きかう人に何度もぶつかっては、謝る。おぼつかない足取りは、仕事で疲れたせいではない。
銀時の名前を呼ぶ女の人と、銀時のリラックスした声、楽しそうな神楽ちゃんと新八くんの会話を聞いて、私はショックを受けていた。
ふらりと、歌舞伎町を出て、ふと目に付いた公園に入る。
暗い公園の中をしばらく歩き、空いているベンチを見つけると、そこに腰を下ろした。
手にしたケーキの箱と日本酒を隣に置いて、袋から焼き鳥を取り出して、すっかり冷えてしまった焼き鳥を口に運ぶ。
本当は、万事屋で温めなおして食べるつもりだったけれど、もうどうでもよくなっていた。
冷たい焼き鳥を、食べながら、ふと銀時のことを思い出した。
もう銀時には家族がいるのだと、先程の会話を聞いて、気付いた。
昔とは違う。
あの混乱ではぐれて、それからの数年間、銀時は私の知らない世界で生きてきた。
銀時が、今までどうして生きてきて、どんな人と関わって、そうして今までやってきたのか、私は知らない。
今の銀時には、銀時の世界があって、銀時にはきっと、私の知らない大切な人がたくさんいて、恋人だっているのかもしれない。
先程の親しそうな女の人が、そうかもしれない。
銀時に恋人がいるだなんて想像していなかった。一緒に住もうだなんていうから、てっきり独り身だと思っていたのに。
「バカだな……私。こんなにショック受けるくらいなら、一緒に住むなんて言わなければよかった……」
銀時には銀時しか知らない過去があるように、私も私しか知らない過去がある。
あの混乱ではぐれ、どこを探しても見つからない仲間をそれでも必死で探した。
けれど、どこをどう探しても、誰も見つけることは出来なくて、絶望を抱いたまま、私は西へと逃げた。
西へと逃れ、親戚の家でどうにか元気を取り戻して、そうして再び江戸に来ようと思えたのも、私を支えてくれた親戚たちのお陰だった。
『あいつらなら、まだ生きてる。江戸でな』
偶然京で出会った高杉のその一言で、私は江戸に来ることが出来たというのに。
それなのに、今の私はなんと情けないことだろう。
久しぶりの再会は、泣いて抱きつくくらいに感動するようなものだと思っていたのに、あまりにもあっさりした再会は、想像とは間逆で、素っ気無いものだった。
しかも、その後、飲んで少し酔ったそのノリで、一緒に暮らすことになるなんて。
本当は、嬉しくてしょうがないはずなのに。
私は、その気持ちすらも銀時に言えないでいた。
「もっと、素直になれたら、今頃皆で鍋をつついていたのかな」
暗い公園、隣のゴミ箱ではホームレスがごみを漁っている。その横のベンチで、一人、冷えた焼き鳥を食べながら、私はいよいよ日本酒に手を出した。
こんなにも情けない私を、どうしてくれよう。
091005/続く