2009〜SHORT
□静寂に狂気は渡る
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「おい、お前」
深夜。頼りない外灯に照らされた夜道には人一人いない。
ここは繁華街からも住宅街からも、少し離れた所で、物騒だと有名だった。
それなのに、唐突に背後から声がかかった。
ゆっくりと振り返ると、そこには男が一人立っていた。
暗がりでよく見えないが、男は暗い色の着流しを着ていて、腰に帯刀している。
「何か?」
立ち止って、男の表情を伺うも、暗がりでよく分からない。
男はゆっくりとこちらへと歩いてきた。お陰で、男の顔がようやく見えるようになった。
丁度、外灯の下。
男の顔を見上げる。
よくよく見ると、男は端正な顔立ちをしていた。黒い髪に切れ長の鋭い目。
体系はどちらかというと細身だが、胸や腕には筋肉がついているのが、着流しの上からでも分かる。普段から鍛えているのだろう。
それに、帯刀しているということは、幕臣か何かだ。
でも、待てよ。この男、どこかで見たことがあるような気がする。
どこでだろう。
「この辺りは、最近辻斬りが出るって噂だ。こんな夜中に一人で出歩いてると、あんたみてーな若い女はすぐに狙われちまうぞ」
「何、忠告ならいりませんよ。こう見えても私、剣術は習ってましたから」
「そういう問題じゃねーんだよ。辻斬りやるなんて狂った人殺しだ。剣術習ってたからって、大丈夫なんてことねーんだよ。おい、お前家はどこだ?」
「すぐそこですから、気にしないでください」
「そうもいかねーんだよ」
「どうして?」
「警察だからだ。俺は真選組の土方だ」
それを聞いて、もう一度男の顔を凝視する。
ああ、どうりでどこかで見た顔だと思った。新聞か市中見回りで見かけたのか。
「警察だから、放っておけないってことですか。でも、制服着てないじゃないですか」
「今日は休暇でな、飲みに出てたんだよ」
「その帰りに、ふらついてる市民を放っておけないから、家まで送るって?」
「ああ……」
ふうん、と私が笑うと、土方は目を細めた。
そして、ふと私の背中に背負っている物に目を止めた。
「おい、お前。その背中に背負ってるもん、何だ?」
僅かに強張った肩。
私の顔と背負った細長い筒を交互に見て、男は腰に差している刀に一瞬だけ視線をやった。その視線に緊張が走る。
それを見た途端、くすりと笑いが漏れた。
「午前零時前。こんな時間にこんな、辻斬りの出る通りに一人で出歩くバカ女なんて、いると思いますか?」
「お前……」
背中に背負った筒の中から、素早くそれをすらりと抜いたのと同時に、土方は飛び下がり様、腰の刀に手をかけ、抜刀した。
ふたつの刀が外灯に照らされて鈍く光る。
まっすぐこちらに向けられたそれと、私が向けたそれには、緊張と殺意がこもっている。
あらあら、素早い反応。
やっぱり真選組の副長って、だてに攘夷浪士追い回してるだけあって、腕も立ちそうだ。
ただえばりちらして、市中歩き回ってるだけかと思ってたんだけど。
これは嬉しい。今日はなんて運がいいんだ。
「言っておきますけど、私別に、攘夷浪士とかじゃないですよ」
土方はぎりりと歯を食いしばった。
「ただの、狂った人斬りです」
にやりと口元を歪めて笑った私の顔、土方から見えただろうか。
「さ、楽しませてよ。副長さん」
100515 thanks 5year!
お題/唄さん 著/朋河