2009〜SHORT

□静寂に狂気は渡る
1ページ/1ページ



「おい、お前」


深夜。頼りない外灯に照らされた夜道には人一人いない。
ここは繁華街からも住宅街からも、少し離れた所で、物騒だと有名だった。


それなのに、唐突に背後から声がかかった。


ゆっくりと振り返ると、そこには男が一人立っていた。

暗がりでよく見えないが、男は暗い色の着流しを着ていて、腰に帯刀している。


「何か?」


立ち止って、男の表情を伺うも、暗がりでよく分からない。

男はゆっくりとこちらへと歩いてきた。お陰で、男の顔がようやく見えるようになった。


丁度、外灯の下。
男の顔を見上げる。

よくよく見ると、男は端正な顔立ちをしていた。黒い髪に切れ長の鋭い目。
体系はどちらかというと細身だが、胸や腕には筋肉がついているのが、着流しの上からでも分かる。普段から鍛えているのだろう。

それに、帯刀しているということは、幕臣か何かだ。

でも、待てよ。この男、どこかで見たことがあるような気がする。
どこでだろう。


「この辺りは、最近辻斬りが出るって噂だ。こんな夜中に一人で出歩いてると、あんたみてーな若い女はすぐに狙われちまうぞ」

「何、忠告ならいりませんよ。こう見えても私、剣術は習ってましたから」

「そういう問題じゃねーんだよ。辻斬りやるなんて狂った人殺しだ。剣術習ってたからって、大丈夫なんてことねーんだよ。おい、お前家はどこだ?」

「すぐそこですから、気にしないでください」

「そうもいかねーんだよ」

「どうして?」

「警察だからだ。俺は真選組の土方だ」


それを聞いて、もう一度男の顔を凝視する。

ああ、どうりでどこかで見た顔だと思った。新聞か市中見回りで見かけたのか。


「警察だから、放っておけないってことですか。でも、制服着てないじゃないですか」

「今日は休暇でな、飲みに出てたんだよ」

「その帰りに、ふらついてる市民を放っておけないから、家まで送るって?」

「ああ……」


ふうん、と私が笑うと、土方は目を細めた。
そして、ふと私の背中に背負っている物に目を止めた。


「おい、お前。その背中に背負ってるもん、何だ?」


僅かに強張った肩。
私の顔と背負った細長い筒を交互に見て、男は腰に差している刀に一瞬だけ視線をやった。その視線に緊張が走る。

それを見た途端、くすりと笑いが漏れた。


「午前零時前。こんな時間にこんな、辻斬りの出る通りに一人で出歩くバカ女なんて、いると思いますか?」

「お前……」


背中に背負った筒の中から、素早くそれをすらりと抜いたのと同時に、土方は飛び下がり様、腰の刀に手をかけ、抜刀した。

ふたつの刀が外灯に照らされて鈍く光る。
まっすぐこちらに向けられたそれと、私が向けたそれには、緊張と殺意がこもっている。


あらあら、素早い反応。
やっぱり真選組の副長って、だてに攘夷浪士追い回してるだけあって、腕も立ちそうだ。
ただえばりちらして、市中歩き回ってるだけかと思ってたんだけど。
これは嬉しい。今日はなんて運がいいんだ。


「言っておきますけど、私別に、攘夷浪士とかじゃないですよ」


土方はぎりりと歯を食いしばった。


「ただの、狂った人斬りです」



にやりと口元を歪めて笑った私の顔、土方から見えただろうか。


「さ、楽しませてよ。副長さん」








100515 thanks 5year!
お題/唄さん 著/朋河

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ