after dark

□薔薇の残涙
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捜査本部は同一犯による連続殺人事件に発展したとしてすぐに捜査員を増員したが、有力な手がかりを掴めないままに第三の事件が発生した。


第二の事件発生から三週間後の5月19日土曜日午後23時過ぎ。
コンビニのアルバイト帰りの大学生が、М区の住宅街の高架下にて、口内に同様のピンクの薔薇が押し込めれた女性の遺体を発見した。

第三の被害者はМ区にある陸上自衛隊に勤務する後方支援担当の28歳の自衛隊員。

女性ながら入隊当初は普通科を希望していた被害者は、学生時代は陸上のインターハイに出る程の選手で体力に自信があり、仕事もできて面倒見がよかったために周囲から慕われ頼りにされていた。

被害者の行方がわからなくなったのは5月12日土曜日。実家の横浜から自衛隊の寮の帰宅途中とみられる。

友人の出産祝いに実家に帰省していた被害者は、実家に顔を出してから友人宅を訪れた後、地元の友人とランチを済ませた後に店の前で別れて、一人東京行きの電車に乗った。

それから寮の最寄り駅に到着したのが15時20分。駅を出て寮に向かう彼女が駅前の防犯カメラに映っていた。
それから寮までのわずか5分ほどの道中犯人に攫われたのではないかとみられている。

死亡推定時刻は失踪してから七日後の5月18日金曜日午前7時頃。遺体発見の前日であった。

被害者は失踪当日着ていた白いチュニックにジーンズを身につけ、青のスニーカーを穿いていた。そして持っていた白のショルダーバッグが傍らに置かれていた。

被害者に性的暴行を受けた形跡はなく、仰向けに倒れた両手足に拘束痕があり、絞殺されていた。

ただ今回の被害者は第一第二の被害者とは違って、暴行を受けた形跡があった。
頬と腹部の鳩尾に殴られて青くなった痣が残っており、頬の内側と唇の端には殴られた時に切れたであろう傷があった。

そして口内のピンクの薔薇は、第二の被害者の口内に押し込められていたものよりも、やや花びらが広がっていた。それはまだ満開までいかない、七分咲き程のものだった。



第三の殺人事件が発生後、本部から私の所属する班に応援がかかったのは昨日の事だ。捜査一課殺人班捜査係からの応援は二個班目になる。

私はS区の所轄の刑事と組むことになった。今隣を歩いている蒲田である。

蒲田は第一の殺人から捜査に参加していた。
蒲田は当初、所轄の捜査員と供に第一の殺人事件の不審者の目撃情報や手がかりとなる情報の地取り調査を行っていたが、S区だけでなくМ区でも被害が拡大し捜査員が増員されたために、S区の地理に詳しい蒲田と応援に来た私が組むことになった。

そして現在。
この二ヶ月蒲田は何度も通った第一被害者の通勤路を私と並んで歩いている。

蒲田の、この殺人事件についてどう思うかという問いに、私は淡々と答えた。


「若い女性を狙った同一犯による連続殺人事件。それぞれの被害者女性に接点はなく、まず怨恨ではないでしょう。絞殺だけならば猟奇的に感じなかったかもしれませんが、薔薇のせいで異常性を感じます」

「本庁のプロファイラーとやらは男性による快楽殺人の可能性が高いと言っていたが、だとしたら犯人はなぜあの被害者三人を選んだのか……」


今回猟奇的な連続殺人事件という事で警視庁のプロファイラーが捜査本部に派遣されている。

彼によると、毎週土曜日に攫い金曜日に殺害するといった手口の猟奇殺人は欧米でも過去にいたそうで、私もその手の事件はニュースで見たことがあった。
しかし、まさか日本でこういった連続殺人事件が起こるとは思っていなかった。


「せめて被害者に共通点があれば犯人の狙いもわかってくると思ったんですが」

「住むところも職場も仕事も、趣味も出身も学校も、外見も違えば性格も違う。共通点は自立した二十代の女性だけ。被害者女性が花屋に通ったり薔薇を育てている様子もなかった」

「あ、薔薇に関してですが、恐らくあの薔薇は市販のものではなく鉢植えまたは地植えのものだと思います。薔薇の花自体は大きいですが、切られていた根本の茎の部分が細く頼りなかったので、花屋で売っているものとは違うんじゃないかと」

「ということは犯人が育てている可能性があるってことか?」

「そうかもしれません。犯人にとって思い入れのある薔薇なのかもしれません」

「薔薇園でも回ってみるか?」

「薔薇が薔薇園だけに咲いていると思いますか?」

「……そこら中の一般家庭でもよく見るな。ピンクの薔薇なんて」


盛大なため息を吐いた蒲田は交差点で足を止めた。横断歩道を渡った先は住宅街だ。
道路を挟んだ繁華街と打って変わって、住宅街は静かで暗く人通りがほとんどない。
道路には車が行き交ってはいるが、駅前の交通量の半分以下だ。


「何度も歩いてみたが、やはりこの通りからマンションまでの道中で攫われた可能性が高いな」


第一被害者が行方不明になった日、駅前の防犯カメラには、友人たちと駅前で別れてマンションの方へ歩いていく被害者の姿が映っていた。
しかし、マンションの玄関前の防犯カメラには、その日の朝結婚式に出席するために出ていく被害者の姿しかない。不審者らしき姿もなかった。


交差点を行き交う車の交通量は少なくないが、この交差点には防犯カメラは設置されていない。
近辺をよく通るタクシーや車に情報提供を求めても、有力な手がかりは掴めないままだ。

それでも蒲田は、被害者のよく通る道や通勤路にある店や通行人に話を聞いて回ったが、ここでも手がかりはない。
何度も同じ道を歩いた。そしてまたこの道、被害者が攫われたであろう時刻に歩いているのは、私が蒲田に案内を頼んだからだ。

信号が青になり交差点を渡りながら、蒲田は額の汗を拭ってから、眉を上げて私に問う。


「それで、この道中何か気づいたことはあるかい?」


蒲田が何度も歩いて手がかりがないのに、昨日応援要請がきて今日から捜査に参加する私に何がわかるんだと言いたげな表情だ。


 
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