2008 SHORT
□落下する質問
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「どうして」
質問は許されない。
ただ命令された任務を遂行するだけ。
人を探り、騙して、身を隠して隠して生きる密偵の中で、私は人を騙すことを決してしない。
「どうして…?」
私の任務は、裏切り者の始末。
それが私の専門だから、人を騙す事は必要ない。
「何が」
冷めた顔で見下ろしてやれば、男はごめんなさいと低く唸るように言った。そして、何かの呪文のように何度も唱える。
「どうして、」
続く言葉は、こんな事に?だとか、こんな事をするんだ?とか、そんなところだろう。はっきり言って、飽きた。
もう、何度も見てきた。
許しを請い、頭を下げるかつての同士の姿を。
もう、何度も聞いてきた。
悲痛な声を上げるかつての仲間の姿を。
もう、何度も斬り裂いてきた。
仲間との絆も、思い出も、その命を。
「どうして、だ」
男の低く唸るような声が、当分頭に張り付いて離れなくなるのだろうと、溜め息を一つ吐いて、そっと握り締めた刀を頭上で構えた。
「何が」
同じく低く聞き返すと、男はうっすらと瞳に涙を溜めて、私の瞳を下から覗き込んできた。その目を冷めた目で見返すと、男は口端を上げた。
「お前は…どうして、どうして、どうして」
繰り返してどうして、と唱える男。その呪文を聞くうちに、体の中のどこかが腐っていくような感覚に陥る。
その言葉のせいで、自分の中の何かが壊れていくような、錯覚に陥る。
「どうして?…と、本当は心の中で自分に問いかけているんだろう?」
どうして?
「お前が一番、聞きたいはずだ」
「何言ってるの」
「お前が、一番疑問に思ってるはずだ」
ぐ、と口から血を垂れ流しながら、男は満足そうに笑った。
「どうして、俺たちが裏切るのか、」
男がまた笑った。
「どうして、お前がこんな事をしなければいけないのか。どうして、お前がこんな役目を請け負ってるのか」
「何が言いたいの」
「堕ちていくだけだ。お前の心が。腐っていくだけだ。お前も、土方も」
握った刀を振り下ろせば、この男の戯言など聞かなくてすむ。それでも、それをしないのは、男の言っている事が正しいからだった。図星だったからだった。
「そうして、俺たちを斬る度に、お前は人間らしさを取り戻すのか?それとも、心を殺していくのか?なあ、お前は、」
刀を振り下ろして、喉を裂いて何も言えなくしてしまえば、もうそれで終わり。
さあ、振り下ろせ。振り下ろすんだ。
「どうして、刀を握ってるんだ?」
その言葉に、虚を衝かれた。
思わず刀を引っ込めようとした時、背後から自分の握っている刀ではない、誰のものか知れない刀が振り下ろされた。男の身体を切り裂いた刀が、まっすぐに男の身体に突き刺さっているのが目に飛び込んできて、はっとして振り返ると、そこには飄々とした顔をした沖田隊長がいた。
「ためらっているようだったんで、斬らせてもらいやしたぜ」
「ためらっている、とは、私のことですか?」
「他に誰がいるんでェ」
何食わぬ顔で私の隣に並んで、沖田隊長が言った。沖田隊長は刀を引っこ抜いて、何も言わなくなった男を見下ろした。見下ろしたその顔に、感情は乗っていない。
「俺も聞いていいか?」
「なんですか」
沖田隊長の顔も見ずに聞くと、沖田隊長はあの呪文を口にした。
「どうして、刀を握る手が震えてる?」
どいつもこいつも、くだらない質問ばかりだ。私は一つ溜め息を吐いて、内心で舌を打った。それからちらりと沖田隊長に視線をやって言った。
「そういう沖田隊長の手も、震えてますよ」
一つだけ言って、私は沖田隊長に背中を向けた。
どうして、どうして、どうして?
お前は刀を握るんだ?
どうして、刀を握る手が震えてる?
まだ堕ちている最中。
まだ腐っている途中。
だから、その答えは見つからない。
例え見つかっていたとしても、まだ答えを出さない。出したところで、ろくな答えではないから。
L O S T