2008 SHORT

□同じ体温を持つ者
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音を立てて降る雨。
その大粒の雫に身を隠し、その雨音で気配を殺し、その土砂降りで罪を消し、血を流してきた。


ぽたぽたと水滴が着物から零れ落ち、肌に張り付いた濡れた着物が体温を下げ、濡れた髪の毛が肌に這う。
玄関でぴったりとくっついた着物を剥がそうと裾を持ち上げた時、人の気配がして、思わず腰に刺さった刀の柄に手を添えた。


「物騒なものだ。こんな時間に、殺しですか」


ゆっくりと声のした方へ探るような視線を送る。ひたひたと音を殺して、真っ暗な玄関に現れたのは、伊東だった。
こんな場面をこの男に見られるとは、胸糞が悪くて舌を打ちたくなるが、どうにか喉の奥で堪えた。

それにしても、はっきりと“殺し”という単語を吐き出すなんて、嫌がらせのなにものでもない。相変わらずこの男は私の事が気に入らないらしい。


「こんな時間に、そちらこそ深夜徘徊だなんて、不気味ね」

「君に言われたくない」

「それはこっちのセリフ」


ふんと鼻を鳴らして、柄から手を離した。顔に張り付いた髪の毛をはらって、髪の毛に含んだ水滴を絞った。すると、自分の足元に水溜りが出来た。
外は相変わらず土砂降りのようで、激しい雨音が少しうるさい。


「何か用?」


いつまでもいなくならない伊東に視線も合わさずに聞くと、伊東はいつもの口調で言う。


「今回は誰を殺してきた?僕の門下生ではないだろうね?」


はっと息を吐いて伊東を見上げると、伊東は冷め切った視線を私に落としていた。その視線は紛れも無い軽蔑の眼差しだ。


「違うから安心して」


そう言ったが、伊東は相変わらず冷めた視線で私を見下ろしていた。


伊東のこの視線が嫌いだった。


誰も信じようとしない。自分はこの世界で独りきり。
誰も見ようとしない。自分以外の人間は屑だとでも言いたげなこの視線が。


「何か言いたげだね」

「そっちこそ。私の事軽蔑してるんでしょ」

「もちろん。あの土方の命令で動いている君だからね」

「土方の命令を受けているなんて、思われたくないけどね」

「僕は土方が嫌いだ」

「誰でも知ってる」

「その土方と一緒にいる君も」

「それも知ってる」


冷めた視線を投げれば、それに応えるように伊東も同じくそれだけ視線を冷やしてくれる。
不思議と、この男とはこういうところでは気が合うから嫌になる。


「それが何?」


呆れて言うと、伊東から思いがけない言葉が吐き出された。


「嫌いなのは君ではない。君のその、薄っぺらな仮面が僕は嫌いなんだ」


わずかに目を見開けば、伊東は少しだけ満足したようにメガネを上げて、そうして無表情に言った。


「そんなちんけな仮面、しているくらいなら被らない方がいいというのに」


呆れたように吐き捨てて、伊東は私に背中を向けた。

この男だけには、言われたくなかった。
この男だけには、気付かれたくなかった。


だが、この男は知っていた。気付いていた。
それが何より悔しかった。屈辱だった。


歩き出した伊東の背中を思い切り睨みつけて、私も言ってやった。


「本当に欲しいものが何なのかも言えないような奴に、死んでも言われたくない」


わずかに伊東が動揺したのが、闇を伝って分かった。それで、私は小さく溜め息を吐き出した。

これじゃあただの傷の舐め合いだ。こんな男と傷の舐め合いだなんて、冗談じゃない。



「「だから嫌いなんだよ」」



それでも、この男と話していると、雨に奪われた体温が少しだけ戻ってくる。うるさい雨音も気にならなくなる。


それに気付いて胸糞が悪くなって、今度は盛大に舌を打った。









L O S T

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