2008 SHORT

□終わらない問いかけ
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ひたりと、冷たくなった墓石に手を当ててみた。
伊東と書かれた墓石の下には、散々いがみ合ったあの男が眠っている。そう思うと、その墓石が脈を打っているように思える。
しかし、実際は墓石は脈を打つ事は無く、手のひらから感じ取る温度は冷たいだけだ。


「まさかあんたが死ぬとはね」


そう呟いたところで、誰も答えてはくれない。大体、こんな丑の刻に墓に訪れる人間なんて、嫉妬にまみれて丑の刻参りをしようとする女くらいだ。


「ねえ、教えてくれない?」


誰も答えてくれないのを知っていて、伊東へと問いかける。


「土方の刀は、やっぱり私の振るものとは、違った?」


ぴたりと墓石に当てた手が、墓石に熱を奪われてどんどんと冷えていく。このまま全身が凍って、私もあんたと同じ所に行けないだろうか?なんて、一瞬でも思ってしまった自分が可笑しくて、笑いが洩れた。

真っ暗な闇の中、墓石の前に独り立ちつくして、私は尚も眠りにつく伊東に問いかける。


「ねえ、あんたは、いつだって、私の存在を誤魔化したりしなかったね」


あんたはいつだって、私に曖昧に誤魔化した言葉なんて吐かなかった。
例えば、人を斬るなんて遠まわしの言い方なんてせずに、きちんと殺しだとはっきりと言ってみせたし、私の事を監察方なんて呼ばずに、殺し屋だとはっきりと言ってみせた。


「だから、あんたが嫌いだった。だから、あんたの事を認めていた」


墓石に押し付けていた手を離して、膝を折って地面に座り込んだ。そのまま今度は手のひらの代わりに額を押し付けた。
こうしたら、何だか伊東の近くにいけるような気がした。こうしたら、伊東が答えてくれるような気がした。


「ねえ、土方はあんたを斬ったけど、その刀は…あんたを最期に救うために振ったもので、やっぱり…土方は…」


土方は、私とは違う。


どれだけ堕ちていっても、土方の刀は誰かのために、何かのために振るものだ。プライドだったり、仲間のためだったり、誇りだったり、理由はそれぞれだけど。


だけど、私の刀は違う。


私の刀は、供に過ごした仲間を斬るためのものでしかない。それが例え裏切り者であったとしても、私の刀は、私の刀は…



「奪う事しか出来ない…得る物は、誰かの憎しみだけ」


押し付けた額は、手のひらとは違ってなぜだか熱くなっていて、目頭の奥が酷く痛んだ。体の端っこは凍る程冷たいのに、体の内側は暖かくて、自分の体温をコントロールする事が出来なかった。
もう、感情すら、涙すらコントロールできない所まできていた。

はらりと、自然に涙が流れたのは、少しでも、ほんの少しでも、この墓に眠る男を大切に想っていたからだろうか?いがみ合っていたあの瞬間を、少しでも楽しく感じていたからだろうか?少しでも、分かち合う時間があったからだろうか?


ねえ、伊東?そんなところに眠ってないで、前みたいに私に言ってよ。
すました顔で、人殺しだとか、大嫌いだとか、君の顔を見ていると気分が悪くなるだとか。


ねえ…


本当に、私の刀は、誰かの命を奪うことしか出来ないんだろうか?
誰かの命を救うだなんて大層なことは言わないから。

憎しみしか生まれないような、悲しみにしか溺れないような、そんな刀しか振ることしか出来ないだなんて、そんなことにはなりたくないんだ。


「いつか私も、誰かにありがとうって言ってもらえる日がくるんだろうか?」


もちろん、伊東が生きていたとしても、その問いに答えてくれるわけないけれど。

だけど、押し付けた額が、どくんと脈を打って、聞き取れない答えを出してくれたような気がした。








L O S T

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