2008 SHORT

□略奪者の烙印
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誰かを失うのは怖い。にも関わらず、私は奪う側にいる。なぜなのだろうか。

奪われるのが怖いから?
奪う事しか出来ないから?

どちらにせよ、もういい。私が奪う側の人間ならば、最期に奪うのは、自分自身だけだ。



手のひらがじんわりと汗をかいていた。その手で柄を握ると、柄が少しだけ重く感じる。
いつもと違う柄の感触。いつも握っているはずの刀なのに、まるで初めて握った刀のように感じた。それでも、柄を握り締めて、鞘から刀を抜いた。
その瞬間、刀が手が滑ってするりと手のひらから零れ落ちた。かしゃりと弱々しい音を立てて地面に転がった。
拾い上げようと膝を折ると、膝から力が抜けてそのまま地面へとへたり込んでしまった。そのまま立てないでいると、目の前にさっと手のひらが差し出された。
その手を辿って視線を上げていくと、銀色の髪がふわりふわりと風に揺れているのが視界に飛び込んできた。


「んな所で、何やってんだよ。さぼりか?んとにお前ら真選組は税金泥棒だよなあ?」


呑気な口調で言ったのは、万事屋の坂田だった。私はふんと鼻を鳴らして、膝に力を込めた。自分の力で立ちあがると、万事屋は何だよ、と小言を零して私をじろりと見やった。


「あんたこそ、どうしてこんな所にいるの?」


聞くと、坂田は目の前に広がる海に視線を移した。それに習って自分もなんとなく、真っ青な真昼の海に視線を移す。目前には、真っ白な泡を吐き出す波と、穏やかに広がる真っ青な海がある。


「ちょっと、仕事でな」

「嘘。私の事、つけてきたんでしょ」

「分かってんなら聞くなよ」


そう言って、坂田は地面に落ちたままの刀を拾い上げて、私に手渡した。今度は手のひらの汗で滑って刀を落とすことはなく、手のひらに収まった刀はいつも通りの感触に戻っていた。


「怪我してるみてーだな。お前も、ついに殺されかけたか?」

「どうだっていいでしょ」

「相変わらず素っ気ねーなァ」


何も答えずに無言で坂田から受け取った刀を乱暴に鞘に戻した。がしゃんと音がして鞘に馴染む刀に視線を落とす。もう、今日はこの刀を握れないかもしれないとふと思った。


「それに、顔色も悪い」


ちらりと坂田の横顔を伺えば、坂田は海に視線をやったまま。


「どうしてここに?」


坂田に聞かれて、私は無言で海に視線をやる。


「おい、」

「言ったでしょ。あんたには関係ないって」


視線もあわさずに言うと、坂田は小さく溜め息を吐いた。



「死ぬつもりで来たのか?」



唐突に聞かれて、はっとして坂田に向き直ると、坂田は生真面目な視線で私を見ていた。


「何、なの」

「死にたそうな顔してんぞ。今のお前」


坂田の目から視線を外せなかった。見透かされていると分かっていても、坂田のその目が、私の中のどろどろとした、さらさらとした、ぐつぐつと煮えたぎるような、今にも凍り付いてしまいそうな、そんな複雑で単純な脆い心を、見ているような気がした。


「何言ってんの」


震える声で答えた後、震えているのが自分の声だけではない事に気付いた。全身が、ぶるぶると震えていた。震えを抑えるようにぎゅっと全身に力を込めたが、力は入ることはなく、むしろ余計に震えが激しくなったような気がした。


「何があった?」


坂田の手が伸びてきて、その手が私の肩を掴んだ。震えを抑えるように。それなのにとても優しく。掴まれた肩から、坂田の体温を少しだけ感じた。

視線を上げれば、真正面に回りこんだ坂田が私を見下ろしていた。

たまらなかった。その視線が。坂田の持つ空気が。その体温が。

この男は、どことなく土方に似ていて、それでもやはり全然ちがう。
だからだろうか?絶対に土方の前では涙なんて流さないというのに、この男の前では、なぜだか涙腺が緩んでしまう。そう気付いたと同時に、ぼろりと大粒の涙が一つ零れ落ちた。


「もう、終わりにしたい」

「何でだよ」

「もう、奪うのは嫌」

「なら、やめればいい」

「それを辞める時は、私が死ぬ時なんだ。奪う側に回った以上、私は最期まで奪う側じゃないといけない」


何かを奪うたびに、奪った分だけ何かを失ってきた。
誰かの命を奪って、良心を一つ失くして。
誰かの誇りを奪って、正義を失くして。
そうして、奪って失ってを繰り返して、私は死んでいるのか生きているのか分からない、ふわふわと浮いた存在になった。

それでも、この世にいるのは、それをしなければいけなかったから。それが、私の役目だったから。それが、私のこの世にいる理由だったから。


この世に繋ぎとめる理由は、一人の男と、情けない生への執着心だった。


その男に抱きしめられれば、私は生きていると実感して喜んだ。
その男に手を引かれれば、まだこの世界に身を置かなければいけないのかと絶望した。

どうして?と聞かれて、どうして?と何度も自分に問い続けた。
答えは出なかった。違う。出なかったんじゃなくて、出さなかった。

なぜなら、答えは知っていたから。知っていて、その答えに納得していなかったから、私は答えを出さなかった。奪う側にいる私がその答えを認めてしまったら、もう奪う側にいることは出来ないからだ。


「自分自身が認めてしまう前に、私は終わらせたい」


ぶるぶると震える体。急激に冷えていく体の節々。それでも内側から沸騰してくるように熱が込み上げていた。感情の波が押し寄せてきて、また一粒涙が零れ落ちた。
瞬間、坂田が私の両肩から背中へと手を移動して、強く抱きしめた。


「違う。本当は、お前は終わらせたいわけじゃないんだろ?」


どくどくと坂田の鼓動を感じる。土方のものとは違うその鼓動が、私の中の何かを掴んだ。土方とは違う。引き止めるわけでもなく、引き戻すわけでもなく、その何かを掴んだまま。そのまま、坂田はそれを離そうとしない。


「本当は、始めたいんだろ?」


そうして坂田は、掴んだそれが何なのか、そっと手のひらを開いて見せた。


本当は私がどうしたいのかを、悟らせるために。



「ねえ、私はちゃんと人間に戻れると思う?」


なんつーバカな質問してんだと、坂田は気だるそうに言った。







L O S T

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