2008 SHORT
□贅沢な風景
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縁側に腰かけて、ぼんやりとする時間が好きだ。
膝の上に肘を乗せ、手の甲の上に顎を乗せ、ゆっくりと瞼を閉じる。
耳を済ませば、中庭を流れる風の音がする。風は中庭から縁側を抜けて、屯所の中へと入り、廊下を抜けて部屋をさ迷い、そしてまた縁側から流れ出る。
その風に乗って、隊士の声が耳に届く。道場からは、気合いを入れる声、汗だくになりながら畳を蹴り、竹刀をぶつけあう音。食堂からは賑やかな笑い声。
それらの音を、半分聞いて半分聞き流す。
光がいっぱい集まった中庭を見ながら、影の伸びた縁側で涼む。こういう瞬間を過ごしていると、ふと幸せだと感じる事が出来る。
さっきまでいた世界と明らかに流れる時間がゆっくりとしているからだろうか。今自分がここにいるという事は、もしかしたら奇跡と言ってもいいのかもしれない。それくらい、自分にとってこの瞬間は素晴らしく貴重な時間だった。
「何さぼってんですかィ?」
突然耳に入ってきた声に驚いて顔を上げて振り返ると、そこには沖田隊長がアイマスク片手に俺を見下ろしていた。
いつの間に背後に、と少し驚いたが、さすが沖田さんだと笑いをこぼす。
「何も気配殺さなくても」
「驚かせようと思いやしてね。俺も混ぜてくだせェ」
「どーぞ」
少し横にずれると、隊長は俺の隣に座って、そのまま体を後ろに倒した。それから持っていたアイマスクをまぶたの上に被せた。
「副長にしかられますよ」
「いつもの事なんで大丈夫でさァ」
「そんな呑気な…」
呆れて一つため息を吐くと、隊長はふんと鼻で返事をする。そんな隊長に笑みを溢して、再び中庭の風景に目をやる。すると、隊長が寝返りをうつ気配がした。
「それにしても、お前も毎回毎回…よくこんな何もない所で何時間もいられますねィ。寝るならまだしも、寝ずにただ中庭を眺めているなんて、飽きねーんですかィ?」
「飽きませんね。ここからの風景に飽きるだなんて、贅沢ですよ」
穏やかに返事をすると、隊長は不思議そうな声を出した。
「贅沢?」
「ええ。ここから見える中庭や、聞こえてくる隊士や風の声たちは俺にとって、贅沢ですよ」
「どこがどう贅沢なんですかィ?」
いつの間にか体を起こした隊長は、俺の隣に腰掛けて、アイマスクを額に上げて中庭を眺めていた。一体何が贅沢なんだと中庭をぐるぐる見渡す隊長がが可笑しくなって笑った。
すると隊長は無表情で何が可笑しいんだと問う。
「や…隊長と眺める中庭、いつもよりも贅沢だなあと思いまして」
「まったく…お前は相変わらず意味がわかんねーや」
そうは言ったが、隊長はニヤリと笑ってから、でも、と付け足して、視線を俺に向けた。
「分からなくもねーでさァ」
そう笑って、隊長は再び中庭に視線をやると、少し眩しそうに目を細めた。どうやら隊長も、贅沢な何かを見つけたようだ。
俺は嬉しくなって、その視線を追いかけた。
もうすぐ、日が沈む。
けれど、隊長と並ぶ縁側は優しいオレンジ色の日を浴びて、いつまでも温かかった。
この、ゆるやかに流れる時間全てが、俺にとって最高に贅沢な瞬間。