2008 SHORT

□騒がしい音
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まぶたを閉じていると、雪の降り積もる音が耳に届いてきた。

実際には雪が降る音なんて聞こえてなどいないのだが、いくら目を閉じていても雪がしんしんと降っていることは肌で感じていた。

それに刺すような寒さで体温が奪われ、冷たくなった自分の上に雪が降り積もっているせいでか、体がまるで鉛のように重い。

まぶたを開こうとしても、体全体言うことを聞いてくれないために、それは叶わなかった。
それが寒さでなのか、それとも体中に負った傷のせいなのかは思考回路さえ鈍くなってしまって分からない。


とにかく、今は寒くて体が重くて死にそうだという事だけがはっきりとしていることだった。


「寒ィ…」


口を開くことさえ難しかったが、どうにかそれだけ言うことは出来た。
しかし、その声が誰かに届いたとは思えなかった。


大体、今俺が倒れている所は人の気配なんて全くしない。


俺は山越えの途中で力尽きて倒れてしまったのだ。


おそらくもうすぐ日が暮れる。こんな所で倒れていたら、山の獣の餌になりかねない。
まあ、心配しなくても食われるより先に、凍死するのだろうけど。


寒くてとっくの昔に麻痺した手。動かそうにもすでに動かし方すら分からない。


きっと俺は、このまま雪に埋もれて死ぬ。


そう思うと、全身が震えた。


昔は自ら死を望んでいた。

生きることは辛い。戦うことは辛い。

死んだ方が楽だと何回も思った。その度に死ねなくて、泣きたくなった。

大の大人が情けない。けれど、死のうと思うと、仲間の顔が脳裏を過った。


バカな局長。
鬼の副長。
サドな隊長。
地味な山崎。
騒がしい隊士たち。


脳裏を掠める仲間の顔を次々と思いだす内に、俺は死のうとしていたことを忘れてしまうのだ。
だからいつまでたっても俺は死ぬことが出来なかった。

しかし死にたかった時とは違い、今は死にたくなくても死が迫っている。

皮肉なものだ。

あれだけ死にたいと何度も思ったのに、今は生きたくて仕方がない。

死にたくなかった。
死ぬなんて信じたくなかった。


仲間と離れるのが辛い。もっとバカ騒ぎをして、もっと大切なものを探して、守って、時に傷付けて、悩んで…そんな風に生きたいと思った。


「ち…くしょ…」


涙が流れているということも、分からない程全身は凍り付いていた。
何も分からない。体の感覚はない。


ただ、生きたい。


そう強く思ったその瞬間、ざりざりと雪を踏む荒々しい足音が聞こえてきた。

幻聴かと思っていると、直後に聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。


「いたぞ!」

「大丈夫か!」


バタバタと慌ただしい気配。何が起こっているのか確認しようにも、目を開くことが出来ないのでそれは出来ない。

しかし、感覚を無くした手を強く握られたら、もう充分だった。



「おい!まさかくたばってんじゃねーだろーな?!俺より先にくたばるなんて、許さねーからな!」


その熱く優しい声色を聞けば、それが誰かなんて一発で分かる。


「きょ、…ちょ…」


声にならない声で局長を呼んで、俺は安心して意識を手放した。


助けに来てくれた。


これでまた、この人の下で、真選組の一員として生きることが出来ると安心して、俺は一時眠りにつく事にした。

次に目を開けたら、きっと騒がしい隊士たちの顔があるのだろう。



 

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