2008 SHORT
□義理の弟
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ゆらゆら上下に揺れる視界。暗い公園でいい大人がブランコをこいでいた。
喫茶店の制服のまま、私は黒いスカートを揺らしながらブランコをこぎ続ける。
なんでこんな無表情で淡々とブランコに乗っているのかというと、話は朝まで遡る。
今朝、朝食を食べていると、父から突然言われた。
「父さん、再婚したいんだ。相手はナース。白衣の天使だ。しかも彼女には連れ子がいる。高校三年生の男子でイケメンだ。お前の2つ下だが、今日から一緒に住もうと思う。どうだ?もちろんいいよな?」
断る余地もなく一方的に話す父に、頷く他無かった。
しかし、本当は私はそれを受け入れることが出来なかった。
当たり前だ。
突然何を言い出すかと思えば、いい年して再婚だと?しかも連れ子がいて、そいつは高校三年生の男子ときた。
そんな発情期の男子と同居だなんて、どれだけのイケメンか知らないが、ちゃんちゃらおかしいわ。
二十歳のいい年した女が駄々をこねるのもおかしい話だが、何も知らされずに話を進めていた父に腹が立った。
いつだって私はあの人に置き去りにされているんだと、ひねくれた考えばかりが浮かぶ。
今時中学生でもこんな親の再婚に悩んだりムカついたりしないんじゃないか。
それでも私のイライラは収まらない。
なぜなら、今日は私の誕生日だからだ。
まったくもってふざけた話だった。
父は私の誕生日なんか覚えてなくて、白衣の天使との再婚で頭がいっぱいのようだ。一回でいいから記憶喪失になってくれと心から神に願う。
試しに、ゆらゆらとブランコをこぎながら、夜空を見上げて神に願ってみる。
「まともな父親、ください」
声に出して言ったが、うちは無宗教だったことを思い出した。神も仏も更々信じちゃいない私が願い事だなんて、一体何をやってるんだか。
くくく…と不気味にブランコの上で笑う私はきっと幽霊に近い存在になりかけている。もしくは変態か不審者の類いだ。
ともあれ、バイトを終えても家に帰らないのはそういった理由があるからだった。
自分なりのちょっとした抵抗のつもりなのだが、いつまでたっても父からは心配の電話なんかかかってこない。
きたと思えば、友達から「彼氏が出来た!幸せ!」という幸せ丸出しのハートだらけのものだけ。
そのメールに、「よかったね、でも私は不幸なんだ」と割れたハートを並べて返信してやると、「ありがとう幸せになるね」という全く会話の成立していないメールが届いた。
なんだろう、この携帯を真っ二つにしたい衝動は。
わなわなと震える全身。
叫び出したい衝動にかられたが、野良犬が公園に入ってきた事によってやめた。
犬は嫌いだ。というか怖い。
というわけで、私はさっさとブランコから降りると、反対側から全力で野良犬から離れために走った。
そして、結局我が家へと帰ってきてしまったわけだが、帰ってきたはいいが、中々玄関のドアを開くことは出来ないでいた。
このドアを開けたら、私の知らない母親と弟が待っているのだ。
今更ながら緊張が走る。
白衣の天使とイケメンの弟。悪くないかもしれない。
だけど、いきなり今日から何も知らない他人と家族だなんて、やはりバカげている。おかしな話だと思う。
そもそも、今日は私の誕生日だというのに、まともに祝われていなかった。
唯一おめでとうメールを送ってきたのは、元バイト仲間の長谷川さん(もうクビになっちゃったけど)だけ。
しかも、そんな貴重なおめでとうメールも、保護しようとして、うっかり削除してしまったために、残ってない。
玄関であーだこーだ悩んでいると、玄関の扉が開いた。
突然のことでビックリして固まっていると、中から父が出てきた。
「帰りが遅いと思ったら、こんなところで何してんだ?」
「や、別に」
「変な奴だな。さ、皆おまちかねだ。入りなさい」
お待ちかね、とは…
緊張しながらも玄関を上がって家に入る。リビングのドアを開けて父が中に入っていった。それに続いてリビングに入ると、そこには初めて見る継母がいた。
一言で言えば、綺麗な人だった。これでは父が惚れるのは無理もない。私の存在に気付いた継母が、にこりと笑って頭をさげた。
「はじめまして」
「はじめまして…」
「今日から家族になる、お前の母さんだ」
「うん」
にこりと笑って見せると、継母は安心した笑顔を浮かべる。気に入ってもらえた、なんて思っているのだろうか。
しかし、私はまだ腹を立てていて、継母なんてどうでも良かった。とりあえず父を一発殴ろうかな。
「それから、」
そんな事を考えていると、父がにこりと笑って私に切り出してきた。
その父の嬉しそうな顔が目障りだ。見ていたくない。
ふいと視線を反らしてキッチンの方へ向くと、そこには見たことのない人間がもう一人いた。
「今日からお前の弟になる、総悟くんだ」
学ラン姿の可愛らしい顔立ちをした青年が、無表情にこちらを見ていた。しばらくそうして青年は無言でこちらを見ていたが、しばらくして口を開いた。
「総悟です。今日から弟になるんで、よろしくお願いしやす」
妙な口調で言った総悟とかいう青年は、大きな瞳をこちらに向けたまま。
私はその瞳から目を反らす事が出来なかった。
「どうも…」
突然出来た弟に無表情で頭を下げる。その様子を、父と継母はニコニコと見守っていて、弟は無表情に私を見ていた。
突然出来た弟は、父の言う通り、これでもかというくらい美少年だった。
そんな二十歳の誕生日、私は父親を殴るのも、自分の誕生日も忘れて、弟に恋をした。