2008 SHORT

□期待と疑惑
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一ヶ月前に突然出来た弟に、私は一目惚れをしてしまいました。

そして昨日、私は弟にキスをされてしまいました。

一体、私に何が起こったというのでしょうか?頭の悪い私にはさっぱり分かりません。




バイトが終わり、休憩室で一人のろのろと着替える私は、死にそうな顔をしていた。

なぜかは話を遡らなくとも分かるだろう。
弟にどんな顔をして会えばいいのか分からないからだ。

昨日、私は弟とキスをした。

あれから弟は、いつもとなんら変わりない態度で平然と夕飯を食べて、テレビを見て、お風呂に入って寝た。

私はというと、弟の行動に心臓がいつもの5倍の速さで鼓動を打ち続け、弟の顔を見るだけで家の中だというのに、挙動不審になる。そんな異常事態発生中な私は、弟とまともに目をあわすことも会話すら出来ず、家の中だというのに弟を避け続けた。

その結果、弟に会いたくない一心で、今朝なんていつもの3時間も早く家を出て仕事に向かった。


そして、仕事中も昨日のキスの事をあーだこーだ考えながら過ごし、記憶が曖昧なままあっという間に帰宅時間がきてしまったのだった。


親は明日に家に帰ってくる。つまり、今日も家には私と弟しかいない二人きりというわけだ。

逃げる事は出来ない。というよりも、どうして私が逃げる必要があるのだろうか?

だって、これはよく考えてみると、私は喜ぶべきじゃないのだろうか。
弟からキスをされ、キスしたい程度に私を好きだと言ってもらったのだから、喜ぶべきじゃないのか?

でもちょっと待てよ。そもそも、どうして弟は私にキスなんてしたんだろうか。キスしたい程度に私を好きって、それってどういう意味?

好きなの?それともただ単にキスしたかっただけなの?キスしたい程度って、どういうこと?もしかして、私はただの練習とか?思春期のただの気まぐれとか、そういう感じなの?どうしよう、めちゃくちゃテンション落ちてきた。ていうか、なんかもう泣きそう。


ぐしゃぐしゃと頭をかいて唸り声を上げていると、休憩室をノックされた。


「おーい、そろそろ店閉めたいんだけど、着替え終わった?ていうか、何か変な声聞こえるんだけど…」


店長だった。一人もんもんと考えていた私は、仕方なく休憩室を出ようとして、はっとした。腕時計に目を落とせば、すでに時刻は11時前。

や、やばい…顔を会わせたくなかったというのに、自ら顔を会わさなければいけないような事をしてしまった!バカすぎる!


私は、慌てて休憩室を飛び出して、店長に挨拶をして店を飛び出した。
店の前に出てくると、そこには案の定、弟の姿があった。

弟の姿を確認するやいなや、私はまた挙動不審になって、辺りを意味も無く誰かいないかと確認するように首を振ってしまう。


「遅いですぜ」


私の姿を見つけるなり言い放った弟の口から、白い息が零れた。こんなにも、寒いのに。また、待っていてくれた。

じいんと心の底に温かいものが溜まっていく。それが込み上げてきて、私はたまらず弟の下へ駆け出していた。

弟の前までやって来ると、暗くてよく分からなかった弟の表情が、街灯の明かりではっきりと見えるようになる。少し不満そうな弟の顔を見て、私は慌てて謝った。


「ごめん」

「ごめんで済んだら警察いらねーですぜ」

「警察、呼ぶの?」

「なわけねーだろうが。頭悪ぃな」

「…ひ、ひどい!」

「とにかく、帰りやしょうぜ。腹減ってしょうがねー」

「何も食べてないの?」

「誰かさんが、朝一に家出ていくからねィ。飯作れねーから、腹減ってしょうがねーやィ」

「ごめん…」


本当に申し訳なくて俯くと、弟が私の手を取って歩き出した。私も引っ張られるようにして歩き出すと、ぼそりと弟が言った。


「姉さん、どうして俺のこと避けるんですかィ?」


斜め前を行く弟の顔は、ここからじゃ見えないけれど、声色はいつものいじわるな口調とは違って、やけに冷静で真面目だ。

私は動揺した。

怒っているのだろうか。私があんなあからさまな態度取ったから?変に意識したりして、やっぱり弟からしたら、あのキスに特に意味なんてなかったのかもしれない。

だとしたら、私は一人で浮かれたり苦悩したり、何をしているんだろう。バカみたいだ。なんだか、夢から覚めた気分。
繋がれた手は温かいのに、私の気持は少しずつ冷えていく。斜め前を行く弟の背中は思ったより広くて、それがなんだかまた切なくなった。


「私、総悟くんが考えている事、全然判らない…」

「俺の考えている事?」


弟は歩を止めて、振り返った。私は、電灯に照らされた弟の綺麗な顔をまじまじと見上げた。弟も、私をまっすぐに見下ろしてくる。その表情は真剣だ。


「総悟くん、どうして昨日…」


キスなんてしたの?と聞こうとしたが、キスという単語を口に出すのが恥かしくて、口に出せなかった。


「どうしてキスしたのか、知りたいんですかィ?」


すると、私の後を引きとって弟が言った。はっきりと言われた事が恥かしくて、顔に熱が集中する。弟に握られたままの手も、再び熱くなり始めて溶けてしまいそうだ。

私は、うんとかはいとかも口にする事が出来なくて、ただ首をわずかに、動かした。それを肯定ととった弟は、はあ、ととても呆れたような深い溜め息を吐き出した。


「あんた、バカじゃねーんですかィ?」

「え…?」

「ホント、あんだけ言って、あんだけキスしたってーのに、まだ分からないなんて…ホント、バカですねィ」

「あ、あの…」


ほとほと呆れ果てたという感じで弟は私の手を離した。そして、その手をそのまま私の頬に持ってくると、思い切り私の頬をつねった。


「い、イダダダダ!!」

「おしおきでさァ」


すぐに手は離されたが、私はひーひー言いながら痛みに悶える。そんな私を見て何が面白いのか、弟はにやりと不敵な笑みを一つ零した。

あ、悪魔だ!やっぱりこの人は悪魔以外の何者でも無い!
それでも、こんな笑み一つでドキドキしてしまう私は、もう一体何なの?!

一人苦悩する私なんてお構い無しに、弟は再び私の手を取って、歩き出す。そのあっさりさに驚きつつも、文句を言うと何をされるか判らないので、考えるのも止めて黙ってついて歩くことにした。

しばらく二人の間に沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは、弟だった。


「姉さん」

「はい」

「分からないなら、分からないままでいてくだせぇ」

「え?」

「その方が面白いですからねィ」

「それじゃあ、あの、一つだけ聞いていい?」

「何ですかィ?」

「総悟くんは、からかって、私にキス、したんじゃないよね?」


恐る恐る聞くと、斜め前を歩く総悟くんは、どうだかねィーと軽い口調で言った。


「そ、そんな」


情けない声を発した私に、総悟くんは歩を止めた。どうやらいつの間にか家の到着していたようだ。弟は家の門を開けると、私に振り返っていたずらに笑った。


「散々悩んでもがき苦しむがいい」


やっぱり、私の弟は悪魔のようです。


それでも、私の心はとても穏やかで、鼓動はとてもうるさく、期待するように早鐘を打った。


  

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