2008 SHORT
□MARSHMALLOW
1ページ/1ページ
「姉さん、お返し」
それは、突然のことだった。
いつものように、弟と二人だけの家で夕飯を食べ終えた私は、洗い物をしていた。
弟はその間お風呂に入り、出てくるとリビングのソファでまったりとテレビを観賞していた。
それから、洗い物を終えた私は、お風呂に入る支度をしようと、一旦部屋に戻ろうとした。
その時、テレビを見ていたはずの弟が、いつの間にか冷蔵庫の前に立って、私を呼んだ。
「何?」
流し台の前から弟の方へと振り返ると、弟は手に持った小さな箱を私に差し出していた。
思わず、手のひらに乗ったその小さな箱を凝視して、それから弟の顔を見上げると、弟は無表情に「姉さん、お返し」とそう言ったのである。
「何の?」
「何のって、今日は何の日だと思ってるんですかい?」
「え?何の日…って、何かあったっけ?建国記念日…は違うし…」
本当に分からないでいると、弟は呆れたように頭をぼりぼりとかいてから、手のひらの上に乗ったそれを、私の押し付けてきた。
勢いに押されてそれを受け取った私は、純粋に弟が私に何かをくれた事に喜んで、思わず微笑んだ。
「何喜んでんですかい?何の日かもわからないくせして」
「だって、総悟君が私に何か分からないけれど、プレゼントしてくれたから」
呆れた表情の弟は、バカですねィと言って、箱を開けるように言った。
私は、言われたとおり小さな箱のリボンを取って、包装紙を開けた。
すると、そこには白くてちいさないい香りのするマシュマロが私を見上げていた。
あ、そうか。今日は…
「ホワイトデーだ」
嬉しくなって、弟の顔を見る。
「ようやく分かったんですかい。本当にバカですねィ」
「そっか。お返しって、バレンタインのお返しだったんだね。そっかー…すごく嬉しい」
素直に嬉しさを言葉に現すと、弟はようやく呆れた表情を崩して笑った。
その笑顔にノックダウンしそうになっていると、弟が箱の中からマシュマロを一つ取り出して、それを無理やり私の口の中へと押し込んだ。
「むごお!」
いきなり口にマシュマロを押し込まれて、されるがままの私を、弟は、とても楽しそうに歪んだ笑顔を浮かべて眺めている。
悪魔だ…やっぱり…
それでも、マシュマロの甘くてふわふわした食感は私を幸せにした。
まさか弟からお返しがくるなんて思ってもみなかった。だから、喜びは倍以上。
いったい、弟はどんな気持ちでこのマシュマロをくれたのだろう。その気持ちが知りたいけれど、弟は答えてくれるだろうか。
無理やり押し込まれたマシュマロを食べ終えた私は、意を決して弟に聞いた。
「総悟君、あの…」
「何ですかい?」
「どうして、これをくれたの?」
「だから、バレンタインのお返し…」
「そうじゃなくて…だから、その…」
いざ聞こうとすると中々勇気が出なくて、もごもごしてしまう。すると、そんなはっきりしない私の態度にいらついたのか、弟は私の顎を力強く掴んだ。
「ぐえ!」
掴まれた顎を引き寄せられ、そのまま私は無理やり口付けられた。
触れるだけのキス。
弟の唇はマシュマロよりも柔らかくて、熱い。
「総悟、く…」
離れた唇。弟の顔を見上げると、弟は呆れた表情で私を見下ろして、言った。
「本当に鈍感ですねィ…。俺もあんたと同じ気持ちだって、どれだけの時間を費やせば分かるんですかい…」
やれやれとため息を吐き出した弟の顔を見上げながら、私は信じられなくて、何がなんだか分からなくなって、マシュマロ一つ取って、それを弟の口へ押し込んだ。
弟に抱いた恋心。
弟もまた、私に恋心を抱いていた。
なんて、嘘みたいな話。
090308