2006〜SHORT
□肩越しの幸せ
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忙しいといって、いつからか、会わなくなった。話さなくなった。
忙しいのはわかってる。
それでも、私は貴方が好きだから、ずっと待ち続けてきた。
貴方と一緒にもう一度並んで歩けるなら、もう一度肌を重ねる事が出来るのなら、私はずっと待ち続けると、そう思っていたの。
もうかれこれ一か月は会っていなく、2週間喋っていなかった。
連絡のやりとりはメールのみ。そのメールだって、たまにしか返事が来ない。
今日は、久々の休日だからと言って会う約束をしていたのに、結局待ち合わせの場所に、退は現れなかった。
辛抱強く待ったのだが、辺りが暗くなってきたので私は家へ帰る事にした。
退からは何の連絡もない。私はメールで家に帰ると知らせた。
このメールが何の意味ももたないことは知っている。
どうせ返事だってこないし、すぐに忘れてしまうだろう。
今日の約束だって、きっと仕事が入ったから来れなかったのだろう。
いや、違うかもしれない。
もしかして、約束はとっくに忘れさられてしまったのかもしれない。
私と供に…。
玄関に入って扉をしめ、一息つくと、私はその場にずるずると崩れ落ちた。
「もう、終わっちゃったのかもしれないな…」
そう自嘲するように嘆くと、笑いが込み上げて来た。
よくもここまで続いたものだ…。
自分でも辛抱強いと思う。
よくもあれだけ待ち続けたものだ。
私は自分を少し褒めてやりたくなった。
しかし、すぐに笑い声は泣き声に変わった。
見上げた天井は、冷たく私を見下ろしているように見えた。
「なに…してんだろ…。」
私は、泣きながら携帯電話を取り出した。
そして、退にメールをもう一度送った。
―ごめんなさい。
今まで私に付き合ってくれてありがとう。
本当に楽しかった。
もう私の事は気にしないで。
さようなら―
こんなメールを送ったって、返事が来ない事はわかってる。
退はきっとメールなんて見ない。
こんな事したって意味がないのはわかってる。
でも、これでいいんだ。
これでようやく退を私から解放してあげられる。
私だって、退を待たなくてすむ。
もう辛い思いをしなくてすむ。
これでいいんだ…。
私は、座ったまま膝の上に顔をうずめた。
途端に今思った事を思い直した。
違う。違うんだ…。
私は、退を待っている時の自分が結構好きだったじゃないか。
退を待っている時の私は、可愛い女の子でいられたじゃないか。
それにこんなにも、まだ退が好きじゃないか。
なんてメールを送ってしまったんだろう…。
本当にこれでいいの?
その問いに答えるようにチャイムがなって、玄関の扉が慌ただしくドンドンと叩かれた。
そして、玄関の向こう側から聞こえてきた声に耳を傾けた。
開けろと言った彼の声は焦りが混じっていて、私はその声色に、ひどく落ち着いてしまった。
結局私達は、そうやっていつまでも離れる事が出来ないのだ。
ドアを開けると、退に引き寄せられて強く抱き締められた。
彼の肩越しに見えた星が、きらりと輝いていた。
遅れてごめんと言った彼は、やっぱりメールなんか見ていなかった。
結局あのメールは意味をなさなかった。
強く抱き締めていた腕を解放されて、泣いていたと気付いた彼が私に謝罪するように口付けた。
どうしたら貴方を忘れられるの?
どうしたら貴方は私を解放してくれるの?
どうしたら私は貴方を解放出来るの?
開け放たれたドアを後ろ手で閉めた退の手がすっと伸びて来て、私を抱き上げる。
それから、いっさいの疑問に答えるように私は貴方に抱かれるのだ。
彼の肩越しに見えた部屋の天井は、さっきと違って幸せに満ち溢れているように見えた。
もう離してあげないと、退が囁いた気がした。
これだから私は貴方を待つのを止められないんだ。