2006〜SHORT

□ごめん愛してる
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ぴったりと体をくっつけて、深く息を吐き出すと、彼は私の背中に腕を回してきた。
私の体をすっぽりと包み、彼は私の後頭部を一度だけ撫でた。
それはそれは優しく丁寧に。


「疲れた」


私はその言葉を聞いて、無言で彼を見上げて、ふ、と笑った。

それが合図になったのか、彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
それで一層彼の制服に染み付いた煙草の匂いが強くなる。


「仕事、随分と遅くまでかかるのね?それとも、他の女のところ?」


軽い口調で言ってみたら、彼が笑った気配がして、何だか嬉しくなった。


「さあな?」


私達は恋人同士では無い。だからといって、遊びの付き合いという訳でもないし、友達というわけでもない。


じゃあ、一体何なの?と言われたら、さあ?と答えるしか出来ない。
つまり本人達にも判っていないし、気にもしていない。



彼は多忙で、でも週に一度は私に会いに来る。
忙しいなら会いに来なくてもいいと言っても彼はここにやって来る。そして私をこんな風に抱きしめて、一緒に朝を迎える。


「だったらその女の所で朝まで過ごせばよかったのに」


冗談を含めて言ってみると、彼はまた少し腕に力を込めた。


「お前といると心地いいんだ」


その言葉で私はなるほどな、なんて妙に納得してしまった。
なぜなら、私も彼といると心地いいと感じていたからだ。


彼の胸に頬を押し付ける。スカーフのふわふわした感触が好きで、いつもこうしてぴたりと頬を押し付ける。
すると彼は私の髪をまた一度だけするりと梳いた。


いつだったか、彼は私に、私の髪を梳くのが好きだと言ったことがあった。指の間をすり抜けていくさらさらした感触が好きだと。
それからというもの、彼は私の髪によく触れてきた。



私は彼にピタリとくっつくのが好きだ。
彼は私の髪を梳くのが好きだ。



これが合図なのかもしれない。


彼は私を抱き上げると、奥の部屋へと向かう。


ゆらゆら揺れる彼の前髪。ゆらゆら揺れる部屋の景色。ゆらゆら揺れる私達を包み込む甘くて不思議な空気。

それら全てが心地いい。口では説明できそうも無い私達の関係。



布団の上に仰向けに寝かせられ、ふと彼の顔を見上げると、彼は今までに見たことの無い顔で私を見下ろしていた。そして、ぽつりと、小さく、だけどはっきりと言った。



「ごめん愛してる」



そんなの知ってるよ。
だって、私もきっと、ずっと前から同じ気持ちを抱いていた。


少しだけ上体を起して、彼の胸にしがみついた。そして頬をぴたりとくっつける。



「私も…きっと愛してる」







感謝の気持ちを込めて

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