2009〜SHORT

□investigate a thrill
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今日も日差しが強い。
アスファルトに跳ね返った日光が地上を這い、逃げ場をなくした熱が蜃気楼を作る。

まるで鉄板の上に乗せられた肉のようだと、うんざりしながら大量の汗をハンカチでぬぐった。


怨むように空を見上げる。
そこには、地上の人間とは正反対に、上へ上へと突き登る元気な入道雲が浮かんでいた。


どこからか元気に鳴くセミの声がする。
夏らしいといえばそうかもしれないが、まるで耳鳴りのようで、ただでさえ暑さでイラついている時に、セミの鳴き声を聞いていると、苛立ちが増長する。

だが、今のうちに元気に鳴くといい。
どうせあんたたちの命はあと数日なんだろと心の中で毒を吐いて、こめかみから流れ落ちた汗をハンカチで拭った。


その時、視界の端に見慣れた靴が映った。

履きつぶしたひびのような亀裂の入った皮靴に、糸がほつれてちょろりと飛び出している黒いずぼん。

視線を上げていくと、よれたシャツに、何度か見たことのある地味なネクタイ。

暑さで手にしたスーツの上着はしわくちゃで、それ以外かばんも持たずにポケットに手を突っ込んだ男は、一目見て「暑い」という顔をしていた。


「言っておくけど、先にここに来て待っていた私のほうが暑いんだからね。何分待ったと思ってるの?」

「俺だって電車が動かなくなったせいで、一駅歩いてここまで来てんだよ。よって俺のほうが暑ィんだよ」

「ずっと待ってた私のほうが暑いわよ」

「待たせたのは悪いと思ってるが、急に呼び出されたこっちの身にもなってみろ。大体俺は今仕事中なんだよ。ここ最近は忙しくて家にも帰れてねー。それなのにこんな時間に呼び出すな。大体お前、普段は夜しか活動しないくせに、なんだってこんな時間に起きてるんだよ?」

「私がいつも夜行性だと思わないでよ。たまには昼間に活動する時くらいあるんだから」

「お前、俺が昼間呼び出すといつも文句ばっかり言うくせに」

「あれ?そうだっけ?」

「……っつーか、そんなことはどうだっていいんだよ。暑い。どっか入ろうぜ」


歩き出した男、土方十四郎の後を追いかけながら、私は鼻の頭に浮いた汗をふき取ってから言った。


「今の時間帯どこも混んでるわよ。どこか入るくらいならさっさと仕事を済ませたほうがいい」


歩きながら振り返った土方に、ポケットに突っ込んでいたタバコを取り出して見せた。
すると土方は歩を止めて、一瞬考え込むように視線を空に向けた。


「お前のことだ。その中身、どうせろくな物じゃねーだろう」

「そ。予想はついてるんでしょ?さ、いくらで買う?」

「おい、まだ中身見てねーだろ」

「私がエロ動画の入ったSDカードなんて持ってくると思う?」


おちょくるように言ってみせると、土方はため息を吐いてから、暑そうに顔を歪めて乱暴に手の甲で顔に浮いた汗を拭った。


「今度は何だよ?」

「あんたのところに裏切り者がいる。誰だか知りたいでしょう?」


土方は一瞬息を止めて、ごくりとのどを鳴らしてから、呆れたように言った。


「何でお前がそんなこと知ってんだよ?」

「私はあちこちにお客さん持ってるからね」


土方は黙り込む。

睨むようにこちらを見てきた土方に笑みで返す。
すると、土方はため息を吐いて、ポケットに突っ込んでいた手を引き抜いた。

その手がこちらに伸びてきて、私の手からタバコを取った。
中身を見ずに、土方はからからとタバコの箱を振ってから、私に視線をやる。

土方はそうしてしばらく無言で私を見ていたが、やがて口を開いた。


「……たまに思うことがある」

「何が?」

「俺なんかよりも、お前のほうがよっぽど警察に向いてるんじゃないかってな」

「はあ?そんなわけないでしょ」


散々暗殺を繰り返してきた私が、と心中で苦笑すると、土方はまぶしそうに空を見上げた。
額の汗がきらりと光った瞬間、筋を作って流れ落ちていった。


「法で裁くことのできない人間を裁くお前は、よっぽど俺よりも正義のヒーローに思えるよ」


ぽつりと呟くように言って、土方は手にしたタバコの箱を乱暴にポケットに突っ込み、眩しそうに私を見て言った。


「金は払う。証拠が揃わなかったら、また頼む」


厳しい表情に変わった土方に無言で頷いて見せると、今度は私の顎から首筋にかけて汗が流れ落ちた。

汗をハンカチで拭うふりをして顔を隠し、私は土方とは反対に、笑顔をこぼせずにはいられなかった。



――土方は間違っている。

いくら私が依頼を受けて悪人や凶悪犯、裏切り者を断罪していたとしても、それは正義などではない。

人斬りだからという理由ではない。
私は相手が悪人だという理由で人を斬っているからではないからだ。――



「それにしても暑い。かき氷でも食いに行くか」


勝手に決めて歩き出した土方の背中には、汗で丸い大きな染みが出来ている。
その背中がついて来いと言っているので、仕方なく後を追って歩き出した。


「私、イチゴね」

「俺におごれってーのか?」

「当たり前でしょ」


振り返って眉を寄せた土方に、当然といった顔で言うと、土方はちっと舌を打ってから笑った。

私はその笑顔に完璧な微笑を返した。



――どれだけ土方が悪人の断罪を私に依頼しようと、私が正義であるはずがない。

もしも私の元に別の依頼人から土方を殺せという依頼が入れば、きっと私は躊躇せずにこの男の首を取りに行くだろうから。――








続high risk high return

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