2009〜SHORT
□やさしい味
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「悪かったよ」
手のひらを差し出すと、俯いていた顔を上げて遠慮がちに微笑み、おずおずと手を取った。
細く短い柔らかな指をからめて、雲ひとつない快晴の下を、二人並んで歩き出す。
どんな理由があって喧嘩をしていて、どれだけ腹を立てていたかなんて、すでに二人の頭にはない。
ただ、仲直りをすることができた事が嬉しくてしょうがなくて、夢中でおしゃべりを続けた。
ふと、会話が止まり、どちらからともなく歩を止めた。
顔を見合わせると、相手の顔が強張っていることに気が付く。
それと同時に、自分もひどく緊張していることに気が付いた。
つい先ほどまで、はしゃいでいた事などすっかり忘れて、唐突に喧嘩をしていた理由を思い出す。
「明日から、もう会えない」
そう言ったのは、自分だったか、それとも相手だったか。
思い出したはずの言葉は、誰が言ったのか曖昧だ。
「また、いつか会える?」
そう言った子供の声は、今にも泣き出しそうだった。
それが、自分の声だと気付くのに、少しの時間がかかった。
その直後、会えないと言われたのは自分で、それが嫌で駄々をこねて怒って喧嘩をしたことも思い出した。
彼女、目の前にいる同じ年頃の少女は、唯一の友人と呼べる存在だった。
いつからか、俺の周りをうろちょろし、まるで金魚のふんのようにくっついてくるようになった。
それで、俺に親がいないのを知ると、家からおにぎりを握って持ってきてくれるようになった。
それは、子供の作ったぼろぼろのおにぎりで、一口食べればすぐに崩れてしまうような、白い飯と塩で味付けされただけのものだった。
それでも、俺は文句を言いながらもそれを頬張った。
単純に、自分のために握ってくれたおにぎりが、美味しかった。
そうだ。
そんなことが確かにあった。
これは幼い頃の記憶だと気付く。
夢を見ているんだ。
そう気付いた時、泣き笑いをしていた幼い女の子が、口を開いた。
「きっと会える。約束しよう。今度会えたら……」
ふいに、頬をぴたぴたと叩かれて、無理やり目が覚めた。
目を開けると、飽きるほど見慣れた神楽の顔。
「銀ちゃーん。いい加減に起きるネ。いつまで寝てるアルか?」
「んだよ、お前……どうせ仕事ねーんだから、もう少し寝かせてくれよ」
「仕事なら、入ったアル」
「ああ?」
目頭をもみながら身を起こすと、神楽の後ろから新八が言った。
「犬の散歩と障子の張替え、夕方までに済ませてほしいそうです。ほら、早く起きてくださいよ。朝飯できてますよ」
「お前はかーちゃんかよ……仕方ねーなァ」
「とっとと準備しろヨ、天パ」
いつもの毒舌を吐いて、神楽と新八は部屋を出ていく。
その背中をぼんやりと眺めていると、どんな夢を見ていたのか、すでに忘れてしまっていた。
無事に夕方までに、障子の張替えと犬の散歩を済ませた後、万事屋に戻って夕飯を食べた。
それから、神楽が風呂に入っている間に、こっそりと万事屋を抜け出した。
久しぶりに酒が飲みたくなったからだった。
なんとなく、いつも行く店を通り過ぎて、新しい店を探して歩いていた。
おでんの屋台や寂れたスナックを外から覗いては、次の店を探して歩く。
やはり、この街は夜のほうが賑やかだ。
酔っ払いの喧嘩やホステスの高い声を聞き流して、ふらりふらりと歩いていると、藍色の暖簾がかかった店が目に留まった。
食べ処、呑み処と書かれた暖簾の隙間から、中を覗く。
店の中はカウンターとテーブル席が四つ。
テーブル席はどれも埋まっていて、逆にカウンター席は空だった。
店の中からはがやがやと談笑する人の声。
楽しげな下町のような雰囲気が気に入って、ここにしようと決めた。