2009〜SHORT

□オーバーワーク
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これでも中学高校とバスケットボール部でそれなりに活躍していたスポーツ少女であったが、いかんせんもう三十路である。
固まった身体を動かし走っていると自分の走り方がギクシャクしているのがわかる。そして少しの段差でも引っかかりそうになる情けなさ。10代の頃は身体が軽かったのに今やお尻がタプタプ揺れているのがわかる。脂肪だらけで筋肉どこいった。

全力で走り続けていると駅が見えてきた。ラストスパートをかけたがしかし、駅のシャッターは無情にもたった今がらがらと降りたところであった。遠くの方で終電が去っていく音がする。

思わずその場に膝から崩れ落ちる。
ぜーぜー息を吐きながら鞄を放り出して胸に手を当て息を整える。
誰か水くれ。残業してこんな仕打ちないだろ。

そして私はどうやって帰宅したらいい?バスはもうない。タクシーだと自宅まで結構なお金がかかる。かといってビジネスホテルや漫画喫茶に泊まるとしても、ここからはどちらも少し歩かなければいけない。それに疲れているのに漫画喫茶の椅子で寝たくない。この辺にスーパー銭湯もないし。

ああ今すぐ風呂に入ってごはん食べてふかふかのベッドで眠りにつきたい。
不幸中に幸いなのは、明日が休みだという点だが。


「おうおう嬢ちゃんどしたの?終電逃したの?」


明らかに酔っ払いの声が聞こえてきて頭を上げつつ鞄を手繰り寄せる。
ハゲ散らかしてネクタイを振り回したおっさんがおぼつかない足元で私の隣にしゃがみこんできた。赤い顔を近づけられると酒臭くて顔をしかめる。


「おじさんも終電逃して困ってたんだー嬢ちゃんうちくるか!」

「え、いや、結構です」

「おれんちは、あそこ」


おっさんが指を指した方向はホテルが並ぶ路地だ。お前の家のわけないだろ。終電逃してんだから。しかし酔っ払いにつっこんでも無駄だ。

立ち上がった私におっさんが絡む。ふらふらしながら私の手に縋り付く。


「おじさんも困ってる。嬢ちゃんも困ってる。ウィンウィンだよねえ」

「なわけないでしょ。離してください。そもそも私もう三十路ですから」

「おじさんからしたらまだピチピチだよお」

「私はもう枯れかかってますから!」


酔っ払いのくせに力があるおっさんの手を中々振りほどけないで苦戦する。

今日は厄日ですか!!不幸の連続にいい加減にして欲しいとさすがに涙目になったところで、おっさんが手を離した。


「いい加減にしとけよおっさん。警察行きたくないだろ」


聞き覚えのある声にはっとする。
おっさんの手を払いのけて私から離すようにおっさんの背中を押しているのは、同じ会社の土方さんであった。

土方さんはそのまま小声でおっさんにボソボソと何か言うと、おっさんの顔がさっと青ざめよろよろした足取りでへこへこと頭を下げて去っていった。

私は慌てて土方さんに頭を下げた。


「すみません!ありがとうございます!」

「いや、いい」


土方さんは走ったのか、いつもは整っている髪は少し乱れていてネクタイは外してあり第二ボタンまで外した白いシャツに濃紺のパンツ姿で、左手には背広と鞄。
どうやら彼も終電目がけて走ってきたようで、少し疲れている目で困ったように髪をがしがしとかいた。


「終電、間に合わなかったな……」

「そうなんですよ……」


土方さんはすぐ隣のブースで仕事をしている営業一課に所属していて、私は二課に所属している。たまに大きな仕事が入ってくると一緒に仕事をすることもあるし、合同の飲み会が開かれることも多々ある。
それに、通勤電車が同じこともあってよくこうして駅で会うこともあった。

だからといって仲がいいわけではないが、会えば挨拶はするし当たり障りのない会話が出来る程度の仲ではあった。


「どうする」

「どうしましょう」


と言ったところでお腹が鳴った。
恥ずかしくて顔が赤くなる。そういえば昼飯さえとっていなかったんだと思い出して誤魔化すように笑う。


「俺はもう今日は何も考えたくない。とりあえず飯食うか。来いよ」


奢ると続けた土方さんは歩きだす。その背を少し戸惑いながらも追いかけた。


 
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