2009〜SHORT
□食えないのはお互い様
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「祇園の芸者が言ってはりましたえ?真選組は野蛮人の集まりやて」
とくとくとお猪口に酒を注ぎながら言うと、土方はさして表情も変えずに単調に言った。
「なんだあ、そいつァ」
「壬生の芋侍は、田舎者やさかい、何の礼儀も知らへん、遊び方も知らへん乱暴者や、いうことどす」
更に言うと、土方は少しだけ可笑しそうに笑った。
「そうかい。俺たちゃどうせ田舎者の芋侍で、祇園には向いちゃいねーよ」
「へえ。そやさかい土方はん、祇園に足運ぶんは、もう止めてくれはったらええにゃけど」
笑いを止めて、黙り込む土方。じっとこちらの目を探るように見てくる。目を細めて笑うと、土方の眉が一気に寄せられた。
「何だ、知ってたのか。俺が祇園の一力茶屋に出入りしていたこと」
「一力さんのご主人、ここだけの秘密どすけど、祇園を出て島原まで出向いて、たまあにうちを指名してくれはりますさかい。ぽろりと零してしもたんどすなあ」
「おしゃべりな主人だな」
ちっと舌打ちをした土方は、お猪口に口をつける。その様子に満足してひとつ笑ってから、更に言う。
「土方はん?自分のご身分、よう分かってはんにゃろか?」
「どういう意味だ?」
「祇園は知的で派手で床上手な攘夷志士の場所。土方はんには向いておまへん」
「野蛮な俺たちには島原が似合ってるってか?」
「そうどす」
満足げに微笑むと、土方はふうんとお猪口を傾けてから、にやりと笑った。
「果たしてそうかねえ。祇園の芸者も、野蛮人だ芋侍だと陰口を叩くくせして、いざ本人を目の前にしたら、顔を赤らめやがる。島原の芸者となんら変わりねえ反応をしてたけどなあ?」
むっとして片眉を上げて首を傾けると、土方はくくくと喉の奥で笑った。
なんて男だ。そのまま何も言い返せないでいると、土方がずいと空になったお猪口を差し出してきた。
「酒」
「へえ」
言われて、酒瓶を手に取る。土方は口を尖らせた。
「気の利かねえ芸者だな。よくもそんな口ばかりが達者で芸妓になれたもんだ」
「芸者は芸が達者なだけでは足りひんのどす。必要なのは、愛嬌と精神的な強さどす」
「なるほど。お前に愛嬌があったとは知らなかったが、その図々しさなら、どこまででも生き延びられそうだな」
「そら、一番の褒め言葉どすなあ」
くすくすと微笑むと、お猪口を置いた土方の手が伸びてきて、その手が後頭部に回された。
ずいと近付く土方の顔を目前に、この男は本当に端正な顔立ちをしているなと関心してしまう。
鬼と呼ばれる男がこんなにもいい男だなんて。いや、鬼と呼ばれるからこそ、これほど男前なのかもしれない。
「土方はん、今日はお酒がえらい進みますなあ」
「誰かさんが喧嘩売るような事ばかり言うからだろ」
土方の目が鋭くなる。吐き出された吐息は酒と煙草の匂いがしたが、それでも土方の匂いだと思うと、不快には思わないから不思議だ。
鋭さを増した目を、微笑みで返してみせる。
「さあ、誰のせいにゃろか。言うておきますけど、土方はんがいくら祇園に足運ぼうと、祇園の芸者は何も零しまへんえ?」
「どうだかねえ。俺のためならと情報を差し出してくる芸者もいるかもしれねーなあ。上品な客ばかりが集まる祇園に、俺みたいな野蛮人は珍しいと構ってくれるかもしれねえ。それに、祇園は知的で派手な攘夷志士の居場所ならしいし、情報はごろごろしてるだろうなあ」
「そんな情報の掴み方するなんて、やっぱり真選組は野蛮やわあ」
ふんと鼻を鳴らすと、土方は面白そうに笑った。
「そんな野蛮人相手にしてるのは、どこの誰だ」
「さあ、誰やろか」
食えないのは、お互い様。
090426 史実風京都にて