短編小説

□枯渇
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太陽がビルの影に隠れてから、時計の長針と短針が何度か巡り会った頃だろうか。
時間の程は確かではない。
『CATS』というネオンで描かれた店名に、同じくネオンで描かれた猫。
夜の闇が黒猫に変える。
昼とは装いを変えて見せるのは、猫の毛色だけではない。
訪れる人の質、年齢、身に付ける貴金属やブランドの名前までも変えて見せる。
『CATS』の店内は、数十段の階段を降り、重い木の扉を開けた先に広がっている。
若者は聞かない様な一昔前のJAZZと薄暗い証明が店内を彩っている。
鑑賞用の広葉樹が、本物であるか否かなど、客達には大して重要な事ではない。
高級ブランドが目を引く客の頭の先から足の先までの総額は一般サラリーマンが何ヶ月間飯を抜けば足りるだろうか。
純粋に酒を楽しみに来る客は少なく、純粋に雰囲気を味わいに来る客は皆無と言って支障ない。
男の目は、カクテルのメニューに迷うのではなく、ブランドの向こう側、洋服の中身を想像しては目を泳がせている。
ドアが開けば小さなベルが来客を告げ、今もバーのマスターが
「いらっしゃい」
と来客を認めた。
一瞬の間を置いて、向けられた視線は、男の放つそれだけではない。

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