短編2

□くまのぬいぐるみ
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「ちい君」
 少女が、少年を呼ばう。
「ちい君」
 少年が、振り返った。
「なに、あや」
「ちい君」
 少女は、胸に抱いたそれを少年に渡す。
 それは小さな、くまのぬいぐるみ。
「ちい君、あげる」
 少年はそれを受け取った。けれど、可愛らしく首をかしげる。
「ぼく、たんじょうびまだだけど」
「知ってるよ、ちい君。でも、あげる」
 少女ははにかんだように笑い、去って行った。


 ちいさなくまのぬいぐるみ。
 それはあやめからちひろへの贈り物。


 少女、あやめは。
 くまのぬいぐるみを手放して――一ヵ月後に、死んだ。
 事故だったのだと言う。
 少年は、泣いた。
 少女に貰ったぬいぐるみをその胸に抱いて、ないた。
 くる日もくる日も、少年は少女への思いと共にぬいぐるみを抱きしめた。
 そして、ある日。
 見つけたのだ、それを。
 くまの背中の、乱れた縫い目。
 少年は不思議に思って、その縫い目をほどいた。
 中からは白い綿と、透明なケースに入った小さな黒いプラスチックの欠片。
 少年の見たことのない形をしたその黒は、とても薄くて小さい。
 何だろう、と少年は思う。思うけれども、少年はそれが何かを知らないし、他の誰に聞いても分かることはなかった。
 しかしそれでも少年はそれらを捨てはしなかった。


 少年の手で不器用に背中を縫い合わせられたくまのぬいぐるみと、透明のケースに入れられた黒いプラスチック。
 それらが少年の部屋のインテリアとなって、数年――


「なあ、千尋」
 ちひろ、と少年は呼びかけられた。
 何、と少年は振り返る。そこには珍しく遊びに来た友人がいた。
「知らなかった、お前でもゲームするんだな」
「しないよ。たいしておもしろくもないし」
「え、だってあれ――」
「あれ?」
「これ」
 友人はそう言って、透明なケースを手に取った。中には黒いプラスチック。
 少女に貰った、くまのぬいぐるみ。その中に入っていたもの。
「ゲームだろ?」
 友人はそう言って、首をかしげる。
 ゲーム――
「お前、本体持ってるか?」
「ああ、あるけど」
 そう言って、友人はごそごそと鞄を探る。
 取り出したのは、プラスチックのかたまり。
「貸せっ」
 少年はそう言って、友人からそのプラスチックを奪い取る。
 しかし、少年はこういう類のものをあまり触らない。つまり、使い方が分からない。

「ど、どうやるんだ、これ」
「分かんねえの?ほれ、貸してみ」
 友人はそう言ってプラスチックを取り返し、慣れた手つきでそれをセットする。何やら操作して、少年に手渡した。
「ほら」
 白黒の画面。
 何のゲームなんだ、と友人が聞いてくるが無視をする。
 そもそもその言葉を少年は理解していなかった。


 少年は、家を飛び出した。








 ちい君


 わたしは、まっている
 君を、まっている


 ちい君


 わたしは、まっている
 君がくるのをまっている


 ちい君


 わたしは――
 ――の、中


 ちい君


 まっているよ





 まっている――












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