短編2
□知らない君
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「やあ、久しぶりだね」
朗らかに笑みながら、その子は僕に告げた。
懐かしい顔。懐かしいからこそ、自分の知っている顔とは随分と違うけれど。それでも見間違えるはずはない。
「――、」
その子の名が、口を突こうとした。懐かしい名が、口から零れそうになった。
けれど僕は、口を噤む。代わりに口に出たのは、誰何の声音。
「――、だれ」
きみはだれ。
僕はその子に、そう告げた。突き放すように。
その子は一瞬、悲しそうな顔をして――それでも再び、笑みを零した。
「ううん、誰でもない。あたしは――」
その子はそう、名を名乗った。知らない名を。
昔、僕から離れて行ったその子の名とは、似ても似つかぬ名。そんな名の知り合いは、僕にはいない。
よろしく、とその子は笑っていた。僕は笑うその子に、言葉を返した。しらないよ、と。
「よろしくするつもりはないよ。僕はきみをしらないから」
知らない。君のその名なんて知らない。そんな名前の君なんて、僕は知らない。
今の君なんて、知らない。
「そう、もう君にあたしは要らないんだね」
悲しそうに。本当に、悲しそうにその子は笑った。
一歩、その子は後ろに下がった。ああ、行ってしまう。離れていって、しまう。
「でも、駄目だよ。逃がさない。だってあたしには君が必要だから」
ふわりと、優しく。その子は笑っていた。
その顔は、僕の知っている昔のその子の顔と同じようでも、まるで違うようでもあった。
「あたしは君と再び出会うために、今まで頑張ってきたんだよ」
だから。
「逃がさない。君が嫌だと言っても、あたしは君に付いて行く」