短編2
□(聞こえて、)
1ページ/1ページ
――あ、
今のは、と。
気づいて――目線をあげた。
(今のは、)
(――悲鳴、?)
辺りを見回してもその場所は、ただただ静まりかえり、人の気配も何の気配もなくて。
広がるしじまと、ゆったりと流れる時間。それだけが存在する、その場所。
その世界を切り裂くように、微かに聞こえた悲鳴。
(微か、)
(けれど、)
(確かに、)
それは、耳に――綾羽の元へと、届いた。
微かな悲鳴、それは綾羽にとって日常となった音だった。気配のない、静かな世界、そんな世界でただひとつ、他の存在を感じられる音。
断続的に綾羽の元までたどり着く、それだけが、綾羽の存在する証明。
それの届かぬとき、綾羽は自分という存在すらないように感じて、心を閉ざして、再び届いた悲鳴に自分という存在を思い出すのだ。
(――あ、)
(また、)
(聞こえた、)
日に何度、それを繰り返すのか。否、もしかしたら何十年に一度、なのかもしれない。
綾羽には分からない。綾羽は、もう、時という概念すら忘れてしまったのだから。――はじめから、持っていなかったのかもしれないけれど。
照りつける太陽も、冷たく見下ろす月も、光を隠す雲も、打ちつける雨も、積もり重なる雪も、微かな動きを与える風も、綾羽にとっては何でもなかったから。
それは酷く当然で、緩慢に流れる時と同じようなもの。存在したとしても気づかずに、そのまま時は過ぎてゆく。
(また、)
(悲鳴、)
綾羽は、そうやって生きてきた。
永き時を、ひとりで。その場所には、綾羽以外の存在はないから。
(ひとり、)
(狂ってしまいそうなほど、)
(永い時を、)
綾羽の世界で、存在するのは綾羽ひとり。
断続的に聞こえる、悲鳴だけが綾羽の存在を確定させる。
(ああ、)
(また、)
美しく刻まれた模様。羽のように広げられた枝葉。
綾羽は、その世界でたったひとり。
(わたしはひとり、)
(ただ、)
(いつまでも、)
(途絶えることのない、)
(悲鳴を聞き続けるの)