短編2
□一分一秒
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「一分、」
彼女の唇は小さく開閉し、言葉を紡ぐ。
「一秒でさえ、共に在りたいと、そう願う」
その瞳は愁いを帯び、遠くを見詰めるように細められた。
「一分一秒も無駄にすることなく、一分一秒でも長く私はあのひとの傍に在りたい」
遠く、思い出すように。
「けれど、それは些細なこと。私のいちばんは、私がいちばんにどうしたいかは、もうとうの昔に決まっている」
彼女の言う、あのひとは、今この場にいないから。
「あのひと。あのひとが、願うように。あのひとが、願う道を歩めることこそが、私の全て」
だから、思い出すように。
「私は、あのひとの行く道をたすけるの。あのひとが、躓かないように」
彼女の中に刻まれた、あのひとの記憶を。
「そのために、私はここにいて。あのひとの傍に在ることを許されている」
思い出して、噛み締めて。
「私は一瞬よりも短い刹那の時でさえ、あのひとと共に在りたいと願うけれど、あのひとが道を進むのに必要ならば」
その瞳に、強い光を宿して。
「いのちひとつでさえ、他愛もなく軽い」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
「このいのちさえ、私にとっては一片の価値すらないの」