短編
□柳緑花紅――[亜種狩り]
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紅はね 血の色だよ
だから紅は神聖な色なの
そう、人魚の少女は言った――
――ハッ、と気付く。眼裏に映る夢の影。
見上げる眼。ヒトの顔。上半身はヒトの少女で、下半身は魚の尾。
人魚の少女。
それで、ああと思う。また、だとも。
「ゆめ、か」
眠りの中で見る夢。懐かしい記憶。
美しい湖畔。周りの緑。隠れ住む人魚達。
その中の、少女。良く一緒に遊んだ、幼友達。
確か名は、柳緑花紅。
僕は彼女を柳緑、と呼んだ。全部は覚えられなかったから、半分だけ。紅の色より緑の色を選んで呼んだ。
翠の眼が綺麗だったから。だから彼女の印象は翠の色。自然の、山の草の葉のような青緑の色。
懐かしい記憶。色鮮やかだったあの湖。その周り。柳緑。
色褪せて憶えているのは瞳の翠。それだけになってしまった。
白黒の、セピア色の。そんな写真のように。そこに一滴二滴翠の絵具を垂らしたように。
記憶は曖昧で、そんなものになってしまった。
「クゥリャ」
名を呼ばれた。朝だよ、と声を掛けられる。
「朝……」
窓掛を開ける。けれど朝陽は入って来ずどんよりとした曇り空が見えた。いつもの朝。太陽など週に一回見れれば良い方だ。
いつもの、慣れた朝。それでも少し寂しく感じてしまう。
昔は朝窓掛を開けると太陽が見れたのに。曇り空の方が少なかった。
太陽が消えてしまったその理由。今では誰もが知っている。
[亜種]の所為。
[亜種]が太陽を隠してしまった。
もうあの湖には誰も居ない。誰も住んではいない。
狩られてしまった。誰も彼も。人魚達。
人魚は亜種。[亜種狩り]に遭って狩られてしまった。
皆。全ての人魚達。柳緑――柳緑花紅も狩られた一人。
あの翠の眼はもう見れない。あの湖畔はもう美しく輝くことは無い。足を向けることも――もう、無くなってしまった。
「クゥリャ!」
叫ばれる。その声で物思い――懐古から引き上げられる。
「何やっているんだい、早く御出で。――朝だよ!」
「はーい」
答えておいて、寝台から抜け出す。着替えを探して手早く着替える。部屋の鍵を閉めて、階下――集団家屋の一階へ降りて行く。
それで、今日が始まる。昨日が終わって今日が。
集団の中の一人。夢は忘れて現実へと足を踏み出す。
[亜種]の友達。そんな夢は忘れ去って。
[亜種]を狩る。そんな現実を思い出す。